2015.08.29 Saturday

ニッポンのマンガ*アニメ*ゲーム展

 新国立新美術館「ニッポンのマンガ*アニメ*ゲーム展 FROM1989」をみてきた。チケットを持っていたのに、時間的余裕があるからと思っているうちに会期末目前になってしまっていて焦った。

ニッポンのマンガほか展

会期末目前の金曜日の夜、空いていたのでゆっくりみられた。

どういう展示なのか知らずに訪れたのだが、テーマを設けて各セクションでテーマに沿った意義ある作品を紹介する展示になっていて、それだけの展示なのに結構見応えがあって、意外に時間がかかってしまった(ほとんどゲームをしないので、ゲーム関係はさらっとみただけなのに)。

技術や手法、主題や時代性など、それぞれ何がその作品の評価になっていたかがわかるような展示になっていて、キャプションを読んだり、流れている動画を見たり、それは時間がかかるはずだ。
見逃していたけど気になっていた作品をみて、やはり見ておかないといけないと認識したものがいくつかあったのも収穫だった。
ただ、マンガについては、テーマを限っていたせいか、もっと幅広い視点でピックアップされていてもよかったのではと感じた(まあ、マンガもそんなには読まないけど)。
それと、「ニッポンの」とある以上、海外との関係性の視点がもう少し必要だったのではないかな。

誰もが、広い展示スペースで思い思いに眺めて、思い入れのある作品に懐かしさ感じたり、新たな発見をしたり、そんなふうに過ごしているようだった。18歳未満無料はあまり関係ないかもしれないが、全体的に若者が多かった。


ついでに、六本木、コンテンツつながりで、ひと月ほど前にみた森アーツセンターギャラリー「ガンダム展 THE ART OF GUNDAM」の感想をちょっとだけ。
展示になんというか熱いものが感じられなくて、あっさりというか、中途半端というか、何をみせたかったのかイマイチ伝わってこなくて、物足りなかった。プラモ販促が目的かと疑いたくなった。
もちろん、安彦良和の原画を生で見られたので、それだけで十分でしたが。




2015.08.23 Sunday

舟越保武彫刻展@練馬区美術館

 練馬区美術館で開催中の「舟越保武彫刻展 まなざしの向こうに」をみてきた。

 

金曜日夜のBS日テレ「ぶらぶら美術・博物館」で訪ねられていたのをみて、明けて土曜日にさっそく、混雑覚悟で出かけた。ちょうど15時からが記念コンサートも開かれるというので、展示をみてからコンサートという流れで時間を合わせていったところ、誰しも考えることは同じ、とても盛況だった。

美術では基本的に平面、つまり絵が好きで、彫刻にはそれほど関心がないのだが、TV番組をみて、実際にみてみたいと心から思えたので、その気持が消えないうちに行かなければ、彫刻をみるという珍しい機会を逃してしまうという気持ちで出かけたわけである。

舟越保武の彫刻は途中からカトリック信仰にもとづいた主題によって独自のスタイルを確立した。秀吉の命で磔の刑に処されたキリシタン殉教者たちを記念する《長崎二十六聖人殉教者記念碑》、島原の乱で殺害されたキリシタン農民が亡霊のような姿になった《原の城》、ハワイでハンセン病患者のケアに尽力したカトリック神父《ダミアン神父》などが代表作。どれも強い信仰心から触発されたことがうかがえる力強さをたたえていた。二十六聖人の記念碑もぜひ長崎で実物を目に焼き付けてみたい。

展示のなかで、もっとも感銘を受けたのが<第5章 静謐の美―聖女たち>。
砂岩(諫早石)で彫られた聖クララ聖セシリア聖ベロニカらの聖女たち。いずれも正面を向いた、ほぼ頭部だけの彫刻で、魅力的な白っぽい石に悲しみや憂いをたたえた表情に心が揺さぶられるのを抑えることができなかった。

その後、病気により右半身不随となってから利き腕でない左手で続けた制作。洗練された彫りではなくなったが、荒々しさとマッチした主題を選ぶことによって新たな力強さを獲得したように感じた。

そして忘れてはならないのが船越のエッセイなどの文章。舟越が自分の作品たちについて残した文章が、どれも情感豊かで詩情あふれるもので、とにかく心をうつ。これら文章が彫刻作品とともにあることで、そこに込められた想いがひしひしと伝わってきて、間違いなく作品と向き合う一助となった。

そのあとに開かれた「開館30周年記念 舟越保武彫刻展記念コンサート」。2階で聴いたが、吹き抜けのホールのおかげで音がよく響いてすばらしかった。バッハ/平均律クラヴィーア曲集第1巻第1番プレリュード、シューベルト/アヴェマリア、それにビゼー/「歌劇カルメン」よりセギディーリャ、ハバネラなど。小池ちとせの弾くスタインウェイのスクエアピアノのどこか懐かしい穏やかな音、河野めぐみの張りのある美しいメゾソプラノを堪能した。ありがたいことです。

2015.04.19 Sunday

燕子花と紅白梅@根津美

根津美術館に尾形光琳の《紅白梅図屏風》をみに行ってきました。

尾形光琳300年忌記念特別展「燕子花と紅白梅 光琳デザインの秘密」
燕子花と紅白梅
2015年4月18日-5月17日

会期が短いのでぼやぼやしていると見逃してしまいそうだったので、初日に参上。
久しぶりの晴天そして爽やかな風ときどき強い風。美術品をみて庭を散策するには最高の日和。ただし、カキツバタの花はまだ咲いていない、そして檜やイネ科植物なのか、花粉が舞っているようで、美術館に着いたとたんにクシャミを連発するはめに。

いまだMOA美術館に足を運んだこともなく、《紅白梅図屏風》をみるのはまったくの初めて。しかも《燕子花図屏風》とともにみられるという絶好の機会が訪れたのだから、幸運です。

尾形光琳《紅白梅図屏風》
若々しい紅梅と老いた白梅が左右に配置され、まんなかにまるで蒔絵の壺のような流水が迫力ある姿で表現される。金箔のような背景は、《燕子花図屏風》 と同じように金泥で描かれている。図版や画像で何度となく眺めてきた屏風だが、実物は勝手に思い込んでいたものよりもずっと落ち着いていて、気品に満ちていた。
その他の展示品のキャプションにもあったが、光琳は俵屋宗達の作品に学ぶなかで、よりデザイン性とリズム感を高めていったようだ。その分、宗達がもつダイナミックな表現が抑えられているように思う。このへんが好みの分かれるところなのかもしれない。

伝俵屋宗達《蔦の細道図屏風》
単純なモチーフと構図で大きな空間を美しく描いていて、光琳とはまた違った宗達デザインの妙が感じられる。左隻と右隻を入れ替えてもつながるという発想が心憎い。たしかにこの屏風が《燕子花図屏風》に通じるというのも納得。

光琳のデザイン性を生み出した雁金屋の図案等の展示も、光琳を形作るもとがこういうところにあるのかと改めて感じさせてくれるものだった。

尾形光琳芸術の秘密をたどる展示、とてもすばらしいもので、とくにメインの展示室はまさにしあわせ空間でありました。

2015.03.21 Saturday

ボッティチェリとルネサンス

Bunkamura ザ・ミュージアムで「ボッティチェリとルネサンス――フィレンツェの富と美」をみた。
ボッティチェリとルネサンス展
渋谷ユーロスペースでアレクセイ・ゲルマン監督の映画「神々のたそがれ」を観てから、休憩を取って、展覧会へ。どちらも初日、どちらも大盛況なのには驚いた。
ボッティチェリら画家たちの工房とメディチ家などフィレンツェ金融業との関係から展覧会は構成される。
ボッティチェリをはじめとする画家たちの作品はどれもなかなか魅力的ではあったが、残念ながら、そのなかに、これはというほど琴線に触れるもの、これは好きだな、というものはなかった。
しいて挙げれば、ボッティチェリの大画面のフレスコ画《受胎告知》が印象的だった。ただ、画面構成がなにか物足りない気がした。

ポストカードを1枚くらい記念に買おうとショップに入ったが、ポストカード売場がせまく、なかなか見ることができないので、まあいいやという気になってしまった。これは改善してほしい。できれば2か所は設置してほしいな。
こういう感動成分がすり減っているヤツは置いといて、フィレンツェの芸術をぜひ自分の目で確かめてきてください。

2015.03.10 Tuesday

後悔

ホイッスラー展、行きそびれました。昨年、もっとも楽しみにしていた展覧会なのに。年末に行くつもりが開いていなくて、でも3月までやってるし、と思っているうちに・・・・・・なんてのはただの言い訳で。今となってはただがっかりしている。
このごろは映画ばかりみていて(だいたいがアニメだけど)、すっかり絵を観に行かなくなってしまった。たんに興味が移ってしまったというような単純なことではないように思うのだけど。
映画のほうは、すぐに上映が終わってしまうものが多いので、つい優先してしまう。
と、とりとめのないことを書きましたが、ホイッスラー展の二の舞いにならないように気をつけようという、それだけのことでした。

2014.12.31 Wednesday

振り返り2014

今年出かけた展覧会はほんとうに少なかった。理由はいくつかあるけど、それをひとまとめにすると、自分の気持ちがかなり低空飛行だった、ということかもしれない。大して何かがあったといわけではないが、楽しいこともたくさんあったものの、総じてイマイチな気分が時々顔を出した。
みた展覧会も少なければ、感想を記事にしたのはそれより少なかった。まあ、自分のなかではブログに感想を書くほどでもなくなってきたのだろう。というわけで、来年も気が向いたら記事を書くかもしれないし、まったく書かないかもしれない。でも、楽しみな展覧会がいくつも控えてるので、みに行きたいとは思っている。

とにかく2015年には、すこしはっきりした目標を立てて、気分を上げていこうかな。
こんな開店休業ブログを不運にも覗いてしまったみなさん、よいお年をお迎えください。



2014.10.13 Monday

ホドラー展@西美

国立西洋美術館で開催中の「フェルディナント・ホドラー展」にきのう行ってきました。3連休の中日の日曜日で、上野公園はたいそうなにぎわい。でも、美術館は空いていました。まだ始まったばかり、これからきっと増えていくでしょう。

ホドラー展
2014.10.7-2015.1.12

スイスの国民的画家、ホドラー。あまり知らないのに、なぜかどうしても観たかったのです。全体的な感想となると、ポスト印象派っぽかったり、象徴主義っぽかったりと、感じる部分もありましたが、やはり《オイリュトミー》などに表れていた、リズミカルな構成、死の匂い、身体表現、装飾性などが、大きな特徴といえるでしょう。舞踊や音楽が感情表現と深くつながっているようです。

ホドラー_オイリュトミー
フェルディナント・ホドラー《オイリュトミー》1895年

《オイリュトミー》はとても気に入りましたが、それ以外では壁画装飾でしょうか。いくつか壁画が紹介されていましたが、このうち、映像が流されていた《マリニャーノからの退却》(スイス国立博物館)に惹かれました。せめて大きな画像だけでも観たいものです。
いろいろな側面を見せる作家の作品のうち、自分が気に入ったものを思い返してみると、あらためて好みがはっきりわかって、納得でした。

スイスの山など、風景画もたくさんありましたが、これらも写実よりは調和と装飾性に重きを置いたような配置がそこかしこにみられます。

ホドラーといえば、世紀末芸術や幻想美術のくくりで取り上げられる《夜》が有名。死の影に怯える男と、眠る人たちを平行に配置するあたりが、ホドラーらしくて、これもいつか観る機会があればいいのですが。


久しぶりに常設展も観ました。入れ替えで初めて観る作品が思いのほかたくさんあって、やはり企画展に併せて常設展ものぞいてみないといけないなとあらためて思いました。

2014.09.15 Monday

日本SF展☆SFの国@世田谷文学館

世田谷文学館「日本SF展☆SFの国」2014年」7月19日-9月28日
日本SF展☆SFの国

世田谷文学館は初めて。電車で行くのは面倒臭い気がしていたので、自転車でルートをみると近くまでは一本道で行けるので、しばらく乗ってないけど自転車にしようと決めて出かけた(その先の住宅地で時間をくってしまったが)。日射しがけっこうきつかったけど、爽やかだった。

まずもっとも歴史のある「S-Fマガジン」がずらりと並んで、「SFアドベンチャー」や「奇想天外」もいくつか。高校生のころはこれらの雑誌を全部買って読んでいたので、もはや歴史になったと思うと、引っ越しのときにほぼすべて処分したことが悔やまれる。

真鍋博、武部本一郎らのイラスト、小松左京、星新一、筒井康隆、手塚治虫らの生原稿など、貴重なものがたくさん。これは何かの嫌がらせかと思うほど小さな字で書かれた星新一の草稿は誰もが失笑するレベル。

独自の発展をとげ、メディアミックス度の高い日本SF。日本はまさにSFの国だ。幅広い年代の来場者が思い思いの興味で眺めている姿がとても微笑ましかった。

『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』のオリジナルポストカードは売り切れで残念だったが、図録と豆本を買って満足だった。

2014.08.14 Thursday

オルセー美術館展2014@新美

国立新美術館「オルセー美術館展 印象派の誕生−描くことの自由−」に行ってきました。
オルセー美術館展2014

よくやるなーオルセー展、って感じがしないでもないけど、自分がみた過去の展覧会を振り返ってみると、それぞれ特徴があって全然同じ様子ではなかった。さすが、もっている美術館は違います。とくに、同じ新美での前回のオルセー美術館展2010ではポスト印象派に焦点があてられていたのに対して、今回は印象派が中心。

過去記事はこちら。
ついでにオルセー美術館を訪ねたときの記事も。

さて、今回のお目当てはこちら。
ホイットニー_灰色と黒のアレンジメント第1番
ジェームズ・アボット・マクニール・ホイッスラー《灰色と黒のアレンジメント第1番》
一度みてみたいと願っていた作品だからか、あれ、これどこかでみたことなかったっけ、となったが、実物をみるのは初めて。
健康状態がおもわしくない母の肖像。凛とした佇まいに母への敬愛がうかがえる。タイトルから絵画を自律的に構成しようとする姿勢がうかがえるようだが、静かでやや張り詰めたピアノの音が浮かんできた。
もうすぐ開かれるホイッスラー展がますます楽しみになってきた。

このほかでは、ギュスターヴ・カイユボット《床に鉋をかける人々》エドゥアール・マネ《ロシュフォールの逃亡》などが印象に残った。
また行きたくなったな、オルセー美術館。


ブログに記事を書くのはもうやめようくらいの気持ちでいたので、前回記事からいくつかの展覧会の記事を書いていなかったが、気が向いたので書いてしまった。もしかしたら、これからもそんな感じで続けていくかもしれないな(なかみがある内容にならないのは確実ですが)。

2014.04.29 Tuesday

栄西と建仁寺@トーハク

東京国立博物館平成館 開山・栄西禅師800年遠忌特別展「栄西と建仁寺」
2014年3月25日−5月18日

 栄西と建仁寺展
もちろんお目当ては5年ぶりに公開された俵屋宗達《風神雷神図屏風》。これが宗達の最高傑作かどうかについてはそれぞれ捉え方は違うだろうが、少なくとも自分にとっては誰がなんといおうと、宗達の最高傑作であり、もっとも好きな絵画である。

俵屋宗達_風神雷神図屏風
久しぶりにみた感想は、前回とそれほど変わっていない。が、あらためてじっくり眺めると、空間が画面の外にまで大きく広がっているようにみえ、その広大な天上を自由自在に飛び回っている様がみえてきた。そして、林進氏の連続講座を聴いたせいもあるが、笑っているような表情のなかに、どこかしら寂しげな部分が感じられ、宗達らしい無常観がここにも込められているのではないかと思った。
ちょうど本館で同時に公開されていた、この風神雷神をトレースしたとされる尾形光琳のそれは空間の拡がりが感じられない窮屈な構図で、これは宗達が描いた風神雷神図屏風とはまったく別ものなのだと感じた。

林進氏は宗達は狩野派出身と考え、例えばこの屏風の金箔押しの技法が狩野山楽の技法と同じだと主張している。狩野山楽の作品もあったので、意識して比べてみたが、似ているように思ったものの、もちろん、素人にわかろうはずもなく。
林進氏のほか、安村敏信など、山根有三氏の研究とは違う見方をする研究者たちが宗達や風神雷神図屏風に新たな光を当てているなかでの今回の公開、みどころは多い。

風神雷神図屏風さえみられれば満足なのだが、この最後の展示にたどり着くまでに、意外にいろいろとみてしまって、時間がかかってしまった。海北友松《雲竜図》など、いいものがほかにもたくさんあったので、たいへん充実した展示だった。
混雑する本館での特別展「キトラ古墳壁画」の行列に並ぶのは、まだましな閉館間際とし、それまでこの特別展でゆったりと過ごしてみてはいかがでしょう。

伊藤若冲_拾得および鶏図  伊藤若冲_雪梅雄鶏図
伊藤若冲:左《拾得および鶏図》《雪梅雄鶏図》




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