2007.05.03
東京藝術大学大学美術館で「パリへ――洋画家たち百年の夢 〜黒田清輝、藤島武二、藤田嗣治から現代まで〜」をみてきました。
入場するととても賑わっていて、ついさっきみた「国立ロシア美術館展」が寂しい入りだっただけに、少々複雑な気分にさせられました。


黒田清輝《婦人像(厨房)》。普遍的タイトルに場所が入っているところがおもしろいですね。下宿先の娘さんとのことですが、おいくつぐらいなんでしょう。ちょっと寒そうな空気の清かさが伝わってきます。

黒田らが師事した画家ラファエル・コランの《田園恋愛詩》。「ダフニスとクロエ」をモチーフにした作品。ジャポニズムがうかがえるとのことで、画家のコレクションにこの絵の顔によく似た能面があったそうです。能面て・・・よくみると、たしかに能面のようでした。
コランはアカデミズムの画家でありながら印象派などからも学んだ折衷的な画風のせいで、現在ではフランス本国であまり評価されていないようなことも耳にしますが、単純にこういう幻想的でロマンチックな絵が好きなので、マルです。
《フロレアル(花月)習作》(1886頃)のほうがもっと好きですけど。



黒田清輝《智・感・情》。画家の理想を日本人モデルの裸体画に描こうとしたとか、しなかったとか。当時の洋画壇にかなりの衝撃を与えたというのは想像できます。裸体画であることそのものより、何を描こうとしたのか考えさせられるところがこの作品の価値のような気がしなくもありません。

黒田清輝《野辺》(1907)。過激だとして物議をかもしたことではこちらも同様です。でも美しいですよね。
和田英作《法隆寺金堂壁画第五号壁(半跏形菩薩像)模写》(1943)。まさに壁から剥がしてきたように、ひび割れまで緻密に描かれていて見惚れました。模写するために選ばれた日本画家たちのなかに、洋画家こそ壁画の模写にふさわしいと私費で参加した熱意をひしひしと感じました。

佐伯祐三《オーヴェールの教会》。ゴッホが描いたことで知られる教会。ゴッホは個性的ですが、こちらも負けずに独特です。

佐伯祐三《広告塔》。佐伯らしいパリの街角ですが、離れたところからあらためてみると、大胆な構図がさらに引き立っていました。夭折していなければ、どういう方向に向かっていったのかと思うと、残念です。
藤田嗣治《姉妹》。キューピーちゃんのような独特な風貌で絵になった姉妹。手先が器用だった藤田が手作りしたという額もじっくりみました。
この企画展で、日本の洋画家たちが、洋画を模索するなかでどうパリとかかわっていったのかということがぱっとわかる、ということではないと思いますが、企画の意図に沿って、洋画家たちのこれまでの歩みと今後への模索について考えてみる機会になるかもしれません。
すべて見終わって外をみると嵐のような天気。しばらく寒い美術館内にとどまって、小止みになってから外に出ると、さっきまでの陽気はどこへやら、すっかり冷え込んでいました。そのせいか、翌日から風邪を引いてしまい、いまだ完全回復とはいきません。
このエントリもすっかり遅れてしまい、メモもとっていなかったので、早くも忘却のかなたへ飛んでいきそうな勢いで、なんか上っ面だけな感じですね。困ったものだ。
入場するととても賑わっていて、ついさっきみた「国立ロシア美術館展」が寂しい入りだっただけに、少々複雑な気分にさせられました。

日本固有の「洋画」というジャンルの歩みを振り返るとともに、その将来を見つめます。

黒田清輝《婦人像(厨房)》。普遍的タイトルに場所が入っているところがおもしろいですね。下宿先の娘さんとのことですが、おいくつぐらいなんでしょう。ちょっと寒そうな空気の清かさが伝わってきます。

黒田らが師事した画家ラファエル・コランの《田園恋愛詩》。「ダフニスとクロエ」をモチーフにした作品。ジャポニズムがうかがえるとのことで、画家のコレクションにこの絵の顔によく似た能面があったそうです。能面て・・・よくみると、たしかに能面のようでした。
コランはアカデミズムの画家でありながら印象派などからも学んだ折衷的な画風のせいで、現在ではフランス本国であまり評価されていないようなことも耳にしますが、単純にこういう幻想的でロマンチックな絵が好きなので、マルです。
《フロレアル(花月)習作》(1886頃)のほうがもっと好きですけど。



黒田清輝《智・感・情》。画家の理想を日本人モデルの裸体画に描こうとしたとか、しなかったとか。当時の洋画壇にかなりの衝撃を与えたというのは想像できます。裸体画であることそのものより、何を描こうとしたのか考えさせられるところがこの作品の価値のような気がしなくもありません。

黒田清輝《野辺》(1907)。過激だとして物議をかもしたことではこちらも同様です。でも美しいですよね。
和田英作《法隆寺金堂壁画第五号壁(半跏形菩薩像)模写》(1943)。まさに壁から剥がしてきたように、ひび割れまで緻密に描かれていて見惚れました。模写するために選ばれた日本画家たちのなかに、洋画家こそ壁画の模写にふさわしいと私費で参加した熱意をひしひしと感じました。

佐伯祐三《オーヴェールの教会》。ゴッホが描いたことで知られる教会。ゴッホは個性的ですが、こちらも負けずに独特です。
佐伯祐三《広告塔》。佐伯らしいパリの街角ですが、離れたところからあらためてみると、大胆な構図がさらに引き立っていました。夭折していなければ、どういう方向に向かっていったのかと思うと、残念です。
藤田嗣治《姉妹》。キューピーちゃんのような独特な風貌で絵になった姉妹。手先が器用だった藤田が手作りしたという額もじっくりみました。
この企画展で、日本の洋画家たちが、洋画を模索するなかでどうパリとかかわっていったのかということがぱっとわかる、ということではないと思いますが、企画の意図に沿って、洋画家たちのこれまでの歩みと今後への模索について考えてみる機会になるかもしれません。
すべて見終わって外をみると嵐のような天気。しばらく寒い美術館内にとどまって、小止みになってから外に出ると、さっきまでの陽気はどこへやら、すっかり冷え込んでいました。そのせいか、翌日から風邪を引いてしまい、いまだ完全回復とはいきません。
このエントリもすっかり遅れてしまい、メモもとっていなかったので、早くも忘却のかなたへ飛んでいきそうな勢いで、なんか上っ面だけな感じですね。困ったものだ。




















