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東京藝術大学大学美術館で「パリへ――洋画家たち百年の夢 〜黒田清輝、藤島武二、藤田嗣治から現代まで〜」をみてきました。
入場するととても賑わっていて、ついさっきみた「国立ロシア美術館展」が寂しい入りだっただけに、少々複雑な気分にさせられました。

「パリへ」チラシ
日本固有の「洋画」というジャンルの歩みを振り返るとともに、その将来を見つめます。


黒田清輝《婦人像(厨房)》(1892)
黒田清輝《婦人像(厨房)》。普遍的タイトルに場所が入っているところがおもしろいですね。下宿先の娘さんとのことですが、おいくつぐらいなんでしょう。ちょっと寒そうな空気の清かさが伝わってきます。

ラファエル・コラン《田園恋愛詩》(1882)
黒田らが師事した画家ラファエル・コランの《田園恋愛詩》。「ダフニスとクロエ」をモチーフにした作品。ジャポニズムがうかがえるとのことで、画家のコレクションにこの絵の顔によく似た能面があったそうです。能面て・・・よくみると、たしかに能面のようでした。
コランはアカデミズムの画家でありながら印象派などからも学んだ折衷的な画風のせいで、現在ではフランス本国であまり評価されていないようなことも耳にしますが、単純にこういう幻想的でロマンチックな絵が好きなので、マルです。
《フロレアル(花月)習作》(1886頃)のほうがもっと好きですけど。

黒田清輝《情》黒田清輝《感》黒田清輝《智》(1897)

黒田清輝《智・感・情》。画家の理想を日本人モデルの裸体画に描こうとしたとか、しなかったとか。当時の洋画壇にかなりの衝撃を与えたというのは想像できます。裸体画であることそのものより、何を描こうとしたのか考えさせられるところがこの作品の価値のような気がしなくもありません。

黒田清輝《野辺》(1907)
黒田清輝《野辺》(1907)。過激だとして物議をかもしたことではこちらも同様です。でも美しいですよね。

和田英作《法隆寺金堂壁画第五号壁(半跏形菩薩像)模写》(1943)。まさに壁から剥がしてきたように、ひび割れまで緻密に描かれていて見惚れました。模写するために選ばれた日本画家たちのなかに、洋画家こそ壁画の模写にふさわしいと私費で参加した熱意をひしひしと感じました。

佐伯祐三《オーヴェールの教会》(1924)
佐伯祐三《オーヴェールの教会》。ゴッホが描いたことで知られる教会。ゴッホは個性的ですが、こちらも負けずに独特です。

佐伯祐三《広告塔》(1927)
佐伯祐三《広告塔》。佐伯らしいパリの街角ですが、離れたところからあらためてみると、大胆な構図がさらに引き立っていました。夭折していなければ、どういう方向に向かっていったのかと思うと、残念です。

藤田嗣治《姉妹》。キューピーちゃんのような独特な風貌で絵になった姉妹。手先が器用だった藤田が手作りしたという額もじっくりみました。


この企画展で、日本の洋画家たちが、洋画を模索するなかでどうパリとかかわっていったのかということがぱっとわかる、ということではないと思いますが、企画の意図に沿って、洋画家たちのこれまでの歩みと今後への模索について考えてみる機会になるかもしれません。

すべて見終わって外をみると嵐のような天気。しばらく寒い美術館内にとどまって、小止みになってから外に出ると、さっきまでの陽気はどこへやら、すっかり冷え込んでいました。そのせいか、翌日から風邪を引いてしまい、いまだ完全回復とはいきません。
このエントリもすっかり遅れてしまい、メモもとっていなかったので、早くも忘却のかなたへ飛んでいきそうな勢いで、なんか上っ面だけな感じですね。困ったものだ。
    
  
山種美術館で「開館40周年記念展 山種コレクション名品選」(前期)をみてきました。

山種コレクション名品選チラシ

速水御舟の上品な色が美しい《豆花》(1931)をみて横を向くと、部屋の残りの壁は横山操《越路十景》(全10図)に占められていました。
《蒲原落雁》にシベリアを想起させるような物哀しい冷たさを、《間瀬夕照》に夕暮れの暖かさを、《出雲崎晩鐘》に金田一耕助が現れるような郷愁を感じたように、いろいろな情感がかきたてられました。まるで現代の浮世絵風景画ではないかと思いました(ここに掲載できないのがほんとうに残念)。

速水御舟《牡丹花(墨牡丹)》(1934)
速水御舟《牡丹花(墨牡丹)》(1934)。一連の水墨淡彩花卉画のひとつ。花を墨で描くという表現をはじめてみたのでとても新鮮だったのと同時に、水墨にこれほど鮮やかな色を感じるとは思ってもみませんでした。ため息が出ます。

速水御舟《暗香》(1933)
速水御舟《暗香》(1933)。闇のなかに梅のほのかな香りが漂うような引き締まった作品。構図もおもしろいですね。

速水御舟《名樹散椿》(1929)
速水御舟《名樹散椿》(1929)。椿の生命力あふれる圧倒的存在感に見惚れるしかありませんでした。美しくも繊細な描写に、何時間でもみていられそうな気がしました。

酒井抱一《秋草鶉図》(19世紀前半)
酒井抱一《秋草鶉図》(19世紀前半)。ぴったりと落ち着いた画面に、秋草とうずらが緻密に描かれ、秋の風情がしんみりと感じられます。

竹内栖鳳《班猫》(1924)
竹内栖鳳《班猫》(1924)。8か月ぶりの再会。一度会っているので、なんだかこの猫が成長したように感じられました。妄想です。

このほか、色や透かし具合が幻想的な山口華楊《木精》(1976)、しんとした青い色が印象的な東山魁夷《年暮る》(1968)、不思議な顔つきのユーモラスな鮎が泳ぐ福田平八郎《鮎》(1956)、抑えた色合いが美しい鏑木清方《伽羅》(1936)などなど、それこそ名品選というタイトルに相応しい名品ばかりでうっとりしました。
広くない美術館全体に、まわりとは違う空気が漂っているようで、濃密な時間を過ごすことができました。ほんとうに幸せな気分でした。

山種コレクション名品選図録
後期には、ずっとみたいと願っていた速水御舟《炎舞》をはじめ、まだまだ名品が展示されるので、とても楽しみです。
    
  
昭和館特別企画展「手塚治虫の漫画の原点 戦争体験と描かれた戦争」をみました。

手塚治虫の漫画の原点チラシ手塚治虫の漫画の原点チラシ裏
手塚治虫の直筆原稿や本人の写真を中心に、当時の実物資料や写真なども展示いたします。戦後60年を過ぎた現在、手塚治虫が生涯を通じて、子どもたち、大人たちに伝えたかったメッセージを知る機会にしていただくとともに、戦中・戦後という日本人が最も苦労した時代をふりかえります。
たまたまでしたが、憲法記念日にこういう企画にめぐり合えたのは、幸運でした。戦争を振り返る展示に子どもだけでなく、大人が足を運ぶ企画になっているところがとてもよかったと思います。出品目録までありました。
当時の資料を実際にはじめて目にする人もけっこういるのではないでしょうか。手塚治虫を切り口に、戦争体験を語る展示には工夫がみられ、貴重な体験になりました。

教科書、服などの実物資料、写真などだけでも十分、見ごたえがありましたが、やはり、手塚治虫の直筆原画にはゾクゾクとさせられました。印刷されマンガ本になってしまったものとは全然違います。
 「アドルフに告ぐ」
 「どついたれ」
 「ブラックジャック 魔王大尉」
 「低俗天使」
 「紙の砦」
 「カノン」
 「火の鳥 未来編」
 「どろろ」
 「ワンダー・スリー」
 「鉄腕アトム ロビオとロビエットの巻」
 「来るべき世界」
これだけの直筆原画がひと部屋に並んでいました。全体を見渡して思ったのは、手塚の原稿は隅々まできっちりと描き込まれ、手を抜いた無駄なカットがないように見えることでした。作品の時代は前後しても、スカスカした部分がまったくないのに驚かされました。それだけでも、漫画に対する真摯な姿勢がうかがえます。そうやって命を磨り減らしたのかな、と。

通りがかりにふらりと入った展示でしたが、見ごたえのある好企画だったと思います。
明日6日で終わってしまいますが、皇居周辺散歩のついでにいかがでしょう。
    
  
出光美術館で「肉筆浮世絵のすべて―その誕生から歌麿・北斎・広重まで」(前期)をみてきました。

肉筆浮世絵のすべてチラシ
出光美術館の浮世絵コレクションは、そのすべてが肉筆画であり、本展覧会では初めて当館の肉筆浮世絵コレクションの全貌に光をあてます。前・後期の二部構成によって、約百三十件の作品を公開いたしますが、そのどちらをご覧いただいても、江戸前期の寛文美人、菱川派の作品から、幕末を席巻した歌川派に至るまでのおよそ二世紀にわたる浮世絵全史を通覧できるような構成となっています。会場には、歌麿・北斎・広重といった今日なおその名を知られる代表的な浮世絵師たちが彩管を揮った絵画の傑作も一堂に並び、特に北斎の出品作には出光コレクションとしては初公開となる作品二件(「亀と蟹図」、「樵夫図」全期間展示)が含まれます。まさに出光美術館の肉筆浮世絵コレクションを総覧していただく絶好の機会といえるでしょう。
全期間展示の9点はどれも魅力的な作品ばかりで、さすがのラインアップという気がしました。
歌麿《更衣美人図》
喜多川歌麿《更衣美人図》。数ある美人図のなかでも、存在感があって、上品な雰囲気がとても魅力的でした。

北斎《春秋美人図》左北斎《春秋美人図》右
葛飾北斎《春秋美人図》。いつもながら、北斎の絵は別格だなと感じました。すべてが「動き出しそう」ではなく「動いて」みえるからです。美人画しかり、風景画しかりです。この作品でも美人が動いていましたよ。
ところで、この作品の着物の柄を拡大したパネルが展示されていて、拡大されていてもまったく破綻のない描写に心底感心しました。相当細かいのに。

初公開の《樵夫図》で樵はおかしなポーズをとっていて、ユーモラスです。《亀と蟹図》は小さな作品。亀と蟹の配置に調和があって味がありました。
前期展示の《亀に宝珠の図》には、亀と背景が一体となった流れるような描かれかたに美しさが感じられました。

宮川長春《江戸風俗図巻》と歌川国久《隅田川舟遊・雪見酒宴図屏風》にはどちらも舟遊びの場面が描かれていて、屋形船にはともに「川一丸」とありました。飾りなどの雰囲気が違うようなので、別の舟みたいですが、当時の有名な舟だったのは間違いないでしょうね。
この2点を含めて、やはり楽しかったのは、当時の風俗が絵のなかにいろいろと描かれている屏風や絵巻でした。
菱川師平《春秋遊楽図屏風》、奥村政信《中村座歌舞伎芝居図屏風》、宮川一笑《吉原歳旦図》など、どれも風俗がよく描かれていて、みはじめるときりがありません。

このほか美人画では、宮川長春《蚊帳美人図》と勝川春章《桜下三美人図》が気に入りました。出品リストをみると、前後期とも鈴木春信の名前がないのですが、肉筆画自体がないのでしょうか。あれば是非みたいものです。

最後に、三代歌川広重《夜桜図》。現代的な影の表現が珍しくて、なんかアニメのセル画を連想しました。

二世紀にもわたる浮世絵の歴史を順にみていく構成はとても興味深いものでした。なんといっても、浮世絵といわれて浮かぶのは歌麿、北斎、広重など、その歴史の後半でしかありませんでしたから。
展示品のだいたいが美人画だったので、役者絵などもみたかったと思いました。贅沢ですかね。
    
  
三鷹市美術ギャラリーで「モーリス・ユトリロ展 ―モンマルトルの詩情―」をみてきました。このギャラリーははじめて。

モーリス・ユトリロ展チラシ モーリス・ユトリロ展チラシ裏

ユトリロはモンマルトルの同じ場所を何度も描いているので、タイトルだけではまったくどの作品なのかわかりづらいのが難点です。かといって画像を載せられないところがとても苦しい。

ユトリロといえば、「白の時代」。
《モンルージュの通り》(1910)、《シャップ通り》(1910)、《ノルヴァン通り》(1910)、《モンマルトルのラパン・アジル》(1912頃)などなど、思い描くとおりのユトリロの絵がのっけから続きます。
とくによかったのが《シャップ通り》(ポーラ美術館所蔵)。たぶん丘の上から見た景色だったからなのでしょうが、ほかの作品と違ってやや俯瞰したアングルだったところが新鮮でした。構図も文句のつけようがないほどぴったりとおさまっています。
《モンルージュの通り》(北海道立近代美術館所蔵)も、《シャップ》同様、荒めのタッチが画面全体に緊張感をもたせていて、じわりとよさが伝わってきます。
《ノルヴァン通り》を描いた3点が並べて展示されていましたが、好みは「白」がもっとも前面に出ている名古屋市美術館の作品です。

「白の時代」の作品のなかでもとてもいいと感じた作品は、荒めのタッチ、モノクロ風の画面が共通していました。パリの街角でありながら、一方でどこでもない、より普遍的な風景に昇華しているように思えました。

余談ですが、昨晩見たテレビ番組「美の巨人たち」で、<ウジェーヌ・アッジェ「巴里の街角」>というタイトルで、画家たちのモチーフとなるパリの写真を撮り続けたウジェーヌ・アジェが取り上げられていました(アッジェではなくアジェのほうが馴染みがあってしっくりきます)。そのなかで、ユトリロも顧客のひとりだったという説明が入りました。
アジェの写真からは次第に人がいなくなり、街角の記録に徹していくわけですが、ユトリロの絵は逆に、人が風景の一部になって目立たないモノクローム的な「白の時代」から、人が描かれはじめる「色彩の時代」へと移り、その魅力を失っていったようです。

せいぜい1914年頃までといわれる「白の時代」。傑作といわれる作品はこの時代のものばかりだそうですが、この後の展示でそれをしっかりと確認することができます。
例えば《モンマルトルのサン=ヴァンサン通り》は、ほぼ同じ構図で1914年の作品と1919年の作品が少し離れた場所に展示されていました。その中間に立って見比べてみると、1914年の作品のほうが断然いいと思いました。

「色彩の時代」に入ると、「白の時代」の普遍的な印象を受ける風景が、ただの絵ハガキ的な絵に変わってしまいます。うまいとはいえない人の描き方と存在がうるさく感じられるようになります(人の描き方はちょっとアンリ・ルソーを思いだしました)。ゴーガン、ゴッホ、ロートレックらを彷彿させる画風の作品もありました。金のために無理やり描かされていたためなのか、粗製濫造という言葉が浮かびました。
これまで美術館や展覧会でみてきた数点は、いいものばかりだったことがよくわかりました。

この企画展では、ユトリロが母親らに翻弄されながら、絵筆をとり、白から色彩へと魅力を失いながらも絵を描き続けた人生をたどることができます。人生と作品の変化をシンクロさせながら、ひとりの画家の生き様が感じられるような展示になっていたように思います。
    
  
ちょっと小石川植物園に寄ってきました。時間があまりなかったので、一部をふらふらと散歩しただけでしたが、想像以上の広さにびっくり。それに暑かった。日陰と風は涼しかったけど。

いちょうの木とか大木がたくさんあるのにも驚きました。小石川といえば時代劇によくでてくる療養所を連想するせいか、草花などの植物だらけのところで、まさか森みたいになっているとは思いもしなかったので。
花はそれほど咲いてなかったのですが、木々や池、風と、とても気持ちのいいところで、しばしのオアシス気分を味わいました。

小石川植物園01
日本庭園のあたりに咲いていました。遠目から見ると、あまりきれいに見えなかったのに、近寄ってみると、ほんのりとしたピンク色の、桜の花のようなきれいな潅木でした。スケッチしたくなるような植物です。
ところでこの花、名前がわかりません。こんな画像ではわからないかもしれませんが、どなたかご存知ありませんか。
    
  
「モダン日本の里帰り 大正シック ―ホノルル美術館所蔵品より―」展を東京都庭園美術館でみた。

大正シック展チラシ 大正シック展チラシ裏

何度となく近くまで行きながら、なんとなく行きそびれていた庭園美術館の門を入る。雨上がり、陽射しと湿気と草いきれ。
正面玄関から建物に入ったところで昭和初期まで遡り、展示室に入ったところでさらに大正にまで遡る。まずは建物が醸し出す空気を楽しみ、そして展示品をみる。
邸宅と美術品の調和。パリでみたジャックマール・アンドレ美術館を思い出した。

はじめてなので、建物見学半分、展示品見学半分。いつもよりゆっくりの動きになる。趣のある内装に展示作品が調和していて作品の魅力が増している。

中村大三郎《婦女》(1930年)
中村大三郎《婦女》(1930年)。屏風、二曲一隻、絹本着色。
展覧会の目玉として掲載されている絵。キャプションをみて、はじめてモデルが女優入江たか子だったことを知った。
可愛らしく気品のある容姿にあどけなさが残る。市川昆監督作品『病院坂の首縊りの家』(1979年)、大林宣彦監督作品『時をかける少女』(1983年)に出演していた上品なおばあちゃんくらいの印象しかなかったが、面影がある。
中村は入江のスタイルのよさを表現するために赤い無地の着物を選んだとか。からませた指と手の自然な表情と、すらりと伸びた足先の表情が心地よい調和を生んでいる。この絵をみて入江のファンにならない男がいただろうかと思う。
並べて展示されていた下絵と比べてみる。顔はさらに魅力的になっている。手の表情も不自然さがなくなっている。下絵にあった、身体にまとわりつく薄いショールのようなものが取り除かれて、よりシンプルに洗練され、モデルの魅力がさらにひきたてられたことがわかる。
この作品をみただけで、この展覧会に出かけたかいがあった。ホノルル美術館で2002年に開催された本展で72年ぶりに存在が確認されたというのだから、77年ぶりの里帰りということになる。今後もみるチャンスはあまりないだろうから、見逃さなくてよかったと心から思う。

別役月乃《七夕》(1920年)。井戸水を汲む少女と髪を洗う女性がいて、井戸の上で垂れ下がる七夕飾り。女性画家の繊細な眼差しがうかがえる情緒性にほっとする。

山川秀峰《三人の姉妹》(1936年)。模型のような表現の白い車がおもしろい。三人姉妹と微妙に調和していないように思う。

着物のデザインは現代に通じるものがあった。現在でも奇抜すぎるのでは感じるものまであった。
美術館には着物を着た女性がたくさんいた。男性もいた。近くで何かのイベントがあったついでに寄ったのだろうと思っていたのだが、後でチラシをよくみると、「和装でご来館の方は団体料金で入場いただけます」とあった。こういう企画であればせっかくだから着物を着てみようという気になるだろう。この展覧会に相応しい雰囲気づくりになっていた。

和田青華《T婦人》(1932年)
3階ウィンターガーデンでは、和田青華《T婦人》(1932年)気分で写真撮影をすることができる。真珠の首飾りも貸してもらえるので、記念になるが、人が集まるとかなり恥ずかしいと思う。

この美術館にはもっと早く行っておけばよかった。建物の外観にはそれほど惹かれなかったが、意匠を凝らした内装を眺めながら往時の生活を想像する楽しみがある。
庭もすばらしい。あまり時間がなく、ゆっくりできなかったので、次の展覧会「舞台芸術の世界―ディアギレフのロシアバレエと舞台デザイン」展のときには、時間に余裕を持って出かけることにする。
    
  
青山ユニマット美術館を10カ月ぶりに訪ねた。アンドリュー・ワイエス展が目的だが、まずは常設展。前回はオープンしたばかりだったせいか、空いていたが、今回はなかなか盛況だった。

ユニマット美術館チラシ ユニマット美術館チラシ裏

シャガールで印象に残った作品は前回とは違う。
《戦争と平和》(1954年)。ヒトラー署名入りの勲功証を手に入れたシャガール。余白に何かを描かずにはいられなかったのだろう。戦争の犠牲になった人やものが描かれている。
《花と恋人たち》(1927年)。シャガールにもつイメージとは違い、絵に立体感がある。仮面のような顔のふたりを見ていると、ピカソが想い出された。
《ソファーに座る少女(マリアシンカ)》(1907年)。正式に美術教育を受け始めて1年くらいたった時期の作品。ゴーガンの影響を受けているらしいが、よくわからない。けど、うまい。
いろいろな要因があるのだろうけど、気に入る作品が変わっていることに気づくこと自体が自分なりにとても興味深い。この間、たくさんの絵をみてきたこともあるだろうし、単にそのときの気分ということもありうる。

3階に下りる。
ブラック《空の鳥》(1960年)。シルエットのような切り絵のようなモノが鳥に見える不思議。空間の広がりがとても感じられた。
ピカソ《男の時代》(1942年)。前回はなかった。戦争の足音が迫るなかで描かれた作品。閉鎖的な空間に身の置き所なさげに思い思いにしている3人の男の裸体画。息苦しさも感じられるが、素描のような油彩画であるところがおもしろい。
藤田嗣治《2人の裸婦》(1926年)。ミケランジェロの壁画に影響を受けたという。ぼかした感じがあれっという印象を受けるが、よくみると、はっきり描かれた他の作品よりも、顔立ちやらがなんだか可愛らしい。
藤田嗣治《バラ》(1922年)。バラの花の配置が計算しつくされた美しい構図。少しして登場したキスリングの《ダリア》(1941年)とつい比べてしまい、日本人の感性なんだなと思う。
荻須高徳《ノートルダム寺院》(1937年)。重量感のある質量をもって迫ってくる建物。街を静物として捉えていたというのがうなずける。
ヴラマンク《城》。明るめの緑色が周辺を覆っていて、水彩画のよう。これまでみてきたいくつかのヴラマンクの作品よりも荒々しさが抑えめに感じられた。

このあたりで常設展示はおわり。
企画展フロアの2階に下りると、アンドリュー・ワイエス展が待ち受けていた。
    
  
青山ユニマット美術館で常設展に続いて「アンドリュー・ワイエス展」をみた。
ワイエスのことは名前を耳にしたことがあるくらい。でも、チラシなどに掲載されている作品《スコール》に魅かれたので出かけてみる気になった。

ワイエス展チラシ ワイエス展チラシ裏

「アメリカ東部の田舎町を題材とした絵画を描き続け、世界中で高く評価されているアメリカンリアリズムの画家」とある。テンペラと水彩の作家として知られている。

テンペラ。
《スコール》(1986年)。最初は黄色いレインコートの掛かった正面の壁に目がいくが、分割された3つの画面のそれぞれにドラマがあって目を離せない。
《四羽のカラス》(1948年)。まるで花鳥画の雰囲気。日本画に通じる様式美がある。
《オープンハウス》(1979年)。絵そのものはとてもリアルだが、馬と家の光景が幻想的に広がっている。

水彩。
《リング・ボルト》(1965年)の質感、《うろつく犬》(1975年)や《貯水槽》(1988年)の雪のまばゆい白と光、《ぼろ袋》(1986年)の光と影。これらがとてもやわらかく、細やかに描かれている。

テンペラで描かれた作品にはドラマが感じられる。水彩で描かれた作品には光が感じられる。まったくの印象にすぎないけど。
ワイエスの作品はあまり色が使われていないので、鮮明な色のためにテンペラや水彩を選んだとは考えにくいように思うが、色の少なさこそがこれらの技法を選ばせたのかもしれないと、何の根拠もなく思う。リアルで繊細な作風も影響しているのだろう。テンペラの場合、もしかすると、パネルに描くという行為もテンペラを選択させる理由になっているのかもしれない。
ワイエスの作品には水墨画のような雰囲気を感じさせる作品がある。基本的にやや寂しいというか、物悲しい空気が漂っているように感じる。現実にあまり人がいないからということもあるだろう。

リアリズムというのは単に描くのではない、ということをわからせてくれる。日常の一瞬にこれだけのドラマがあるのだ、と。
アンドリュー・ワイエスの名をしっかりと心に刻む。

余談だが、途中で連れ合いが「もし自宅に飾るならどの絵を選ぶ?」と訊いてきたので、しばらく意味もなく悩む。それぞれ気に入った作品が別にあったが、なんとなく《木に懸かる大鎌》(1958年)に落ち着いた。
展示されている作品は、《ビューティー・レスト》(1991年)を除いて、すべて青山ユニマット美術館の収蔵品だそうだ。


閉館につづく。
    
  
六本木ヒルズの森美術館で「ル・コルビュジエ展:建築とアート、その創造の軌跡」をみた。初日から大盛況だった。

ル・コルビュジェ展チラシ
建築には関心があるが、ル・コルビュジエにとくに関心があるわけではない。なので、彼が画家や彫刻家としての活動を並行してずっと続けていたことなどまったく知らなかった。ル・コルビュジエにとって、建築も都市計画も家具デザインも、絵画や彫刻と同じ創作活動のひとつだったという。この展覧会もそういう視点で構成されているので、模型や設計図、スケッチと同様に絵画や彫刻が並べられている。

ル・コルビュジエはキュビスムの堕落を批判してピュリスムを主張、途中レジェの影響を受けたりしながら変化していったという(ような説明がたぶん書かれていた)。まあ、苦手な絵の種類なので、正直あまりよくみなかった。彫刻も同様。

建築案のスケッチ、模型などはとても楽しかった。好きなので。
実現しなかったプランもたくさんあるが、実現しなかった作品ができていればと思うと、残念という気持ちがもちろんあるが、いまだになんとなくわくわくする。日本で唯一の建物として知られる上野の国立西洋美術館にしても、周辺にいくつかの建物を加えて提案していた。当時の上野がどうだったのか知らないが、実現したところを見てみたかった。
実現していればいちばん面白そうだったのはソビエト・パレス案。模型やスケッチをみたかぎり、かなり構成主義的な作品に思えたが、当然のように落選し、非常に保守的な建物になったらしい。本当に残念。
実在しているものでは、ロンシャンの教会堂。とくに屋根の形状がユニーク。映像で紹介されたものを見てから、もう一度模型を見た。これが扉だったのかと驚く。

実物大に再現された集合住宅マルセイユ・ユニテ・ダビダシオンのメゾネットタイプは見どころだった。細長いスペースに動きやすそうなキッチン、ダイニング、おむつ換え台などがきっちり収まっている。2階に上がると、ボイラー室の扉を棚にするなど、収納に工夫がみられる。子供用シャワー室まであった。成長したらペット用にでもするのだろうか。
連れ合いはモデルルームみたいと喜び、「ここに住みたい!」と言った。ほかにも同じことを言っている人たちがいた。たしかに50年以上前の集合住宅とは思えない。

カップ・マルタンの休暇小屋も再現され、靴を脱いで上がる。ここから海水浴に出て帰らぬ人となったのだから、彼にとってまさに終の棲家となったところだ。
隣のレストランで食事をしていたためキッチンなどが必要なかったということだが、それにしても、かなり狭い。人は人生のうちで、拡散し、やがて収束していくのかもしれない。

ル・コルビュジエがとくに好きというわけではなかった。しかし、これだけの作品を見せられると、彼がさまざまな創作活動に生涯真剣に取り組んでいたことがよくわかり、興味が惹かれる。好きな人にはたまらない展覧会だろう。
とにかく展示も充実しているし、何よりも広い。ちょっと立ち寄ろうというのでは見きれないので、時間に余裕をもって出かけることをおすすめする。


なぜかチケットが東京シティビューと抱き合わせになっていたので、せっかくだから展望台をひと回りした。すぐ近くはよく見えたが、例えば新宿の高層ビル街あたりになると、霞んでいてよく見えなかった。後になって、黄砂が飛来していたことを知った。納得。
       

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