ブラングィンの名前は松方コレクションの形成に深く関わった人物として知っている人もいるだろう。僕の場合は3年半ほど前に西美の版画素描展示室での
「フランク・ブラングィン版画展」で強く刻み込まれた名前だ。本展に出品されている
《しけの日》(1889)にも常設展でときどき出会っている。
画家、壁面装飾家、工芸デザイナー、建築・空間デザイナー、版画家、コレクター。
多彩な顔持つ、ベルギー生まれ・英国を代表する作家フランク・ブラングィン。
国立西洋美術館の礎となった松方コレクションは、この男の存在なくして語れない。
2010年2月、国立西洋美術館にて展覧会開催。
ウィリアム・モリス工房でデザインを学んだことによる装飾的、デザイン的な傾向が、その後の画業に強くにじみ出ている。
《海の葬送》(1890)
船の上で亡くなった仲間を送る様子が抑えた色調で描かれ、海を照らし甲板に落ちる日中の光に、深い悲しみがこもっている。
その後、地中海周辺への旅を経験することで、鮮やかな色を使った画風へと変わっていく。ウジェーヌ・ドラクロワやパウル・クレーをはじめ、地中海への旅で色彩が鮮やかになるという例は多い。
《慈愛》(1900)
聖母マリアが貧しい人たちに施しをする様をイメージした様子が、青っぽい色調を主体に描かれている。こういう絵は好きだけど、色が濁りっぽくなければもっとよかった。
《りんご搾り》(1902)
古典キリスト教絵画のような趣の絵で、牧歌的でなんかロマンチックな作風。画面が艶やかで目に優しく、ほのぼのとした気持ちにさせられる。
《造船》(1910-15)
巨大な雲がむくむくとした雄大な自然を背景に、大きな船の周りで人々が働く様子は、自然と人工物と人間の対比と共存というものを考えずにはいられない。ウィリアム・モリス工房での経験とともに、船乗りの経験が、海や船を題材にした作品における、人々の営みや自然の景色に大きく反映されているのだろう。
《花と子どもたち》(1899頃)
三連祭壇画のような3枚パネルに描かれているが、縦長なところが屏風を思わせ、日本趣味がみられるという。神話的モチーフだというが、花に囲まれた子どもたちのうち、右端の子どもが着ているのはキモノのようもみえる。深く落ち着いた濃紺が花と衣装の白さを引き立て、画面を魅力的に整えている。とてもすばらしくて、郡山市立美術館の所蔵ということだから、これからもみるチャンスがあると思うとうれしい。
《白鳥》(1920-21頃)
白鳥をモチーフにしたとは思えないような作品だが、やはり根っこに装飾画やデザイン画の精神が流れているからだと考えると納得できる。白鳥に強い木漏れ日が落ち、オレンジと黄色の鮮やかな花が目を引く。
版画にもすばらしく印象的な作品がたくさん。版画の場合、油彩画とは違って光と影の表現やタッチが劇的なんだけど、構図を含めてとてもかっこいい。《ハンニバル号の解体》(1904)なんて、現代のイラストレーションみたいだ。
《アルビの古い橋》(1916) エッチング
《若者の功名心》(1917) リトグラフ
漆原由次郎の彫り・摺りで制作された木版画になると、一転、浮世絵の趣で、詩情あふれる景色が現れる。
ローレンス・ビニョンによる詩 詩画集『ブリュージュ』(1919出版)《ブリュージュのヤン・ファン・エイク広場の恋人たち》
このほかにも壁面装飾画の映像や、幻に終わった共楽美術館のCG映像が上映されているし、家具やカーペットなども展示され、その多彩ぶりを幅広くみせてくれる盛りだくさんの内容だ。
ところで、松方幸次郎とブラングィンが夢見た共楽美術館だが、実現していたらすばらしいものになっただろうと残念に思う反面、その後の戦争なんかのことを考えると、美術館とコレクションがさらに悲劇的な運命をたどることになったのではないかと、別の意味で心配になった。
日本ではそれほど知られていないブラングィンなので、今のところそれほど混雑していないようだが、多彩ですばらしい作品を目の当たりにすると、これから評判を呼んでいくのは間違いないように思う。
僕のなかでは、今年の美術展ベストテン入り確定。迷っている方にはぜひ早めにご覧になるようお薦めしますよ。
といいつつ、しつこく迷ったけど図録は買わなかった。分厚い図録はもういらない(という気分に最近はなっているから)。
日曜美術館では松方コレクションに重きを置いて紹介していましたが、
ブラングィン自身の作品をもっと紹介して欲しかったと残念でした。