2009.04.05 Sunday

トレチャコフ美術館展「忘れえぬロシア」

 Bunkamura ザ・ミュージアム「国立トレチャコフ美術館展 忘れえぬロシア」をみた。

トレチャコフ美術館展_忘れえぬロシア

モスクワのトレチャコフ美術館を訪ねたのは、もう15年ほど前になる。当時それほど絵画に興味があったわけではなかったけど、アンドレイ・タルコフスキー好きとしては、どうしてもアンドレイ・ルブリョフのイコンをみてみたかった。もちろん、ロシアの宝、《三位一体》のことである。

アンドレイ・ルブリョフ_三位一体
アンドレイ・ルブリョフ《三位一体》(1425-27)
もちろん本展に来ているわけではない。
そのとき僕は、なぜか他に誰もいなくなった部屋でこの作品と対面した。まぶしいくらいの金に包まれていたように思ったが、それよりも黄色や青が鮮やかに瞼の奥に残っている。どんな宗教を信じていようと、信じていまいと、こうした作品がもつ力は僕らを敬虔な気持ちにさせる。

さて、「忘れえぬロシア」に戻ろう。
本展に来ている作品のいくつかにはモスクワでお目にかかっているが、中世ロシアの作品は来日していない。年代的にもっとも古い作品がこれ。
ヴェネツィアーノフ_干し草作り
アレクセイ・ヴェネツィアーノフ《干し草作り》(1820年代半ば)
「ロシア絵画の風俗画の創始者」と呼ばれているそうで、農作業の情景を好んで描いた。名前のせいで連想された面もあろうかと思うが、宗教的な雰囲気が感じられた。とくに母親の横顔がイコン風の顔に見えたのは気のせいだろうか。三位一体に触れたのはそのせいもある。
こうした光景に馴染みはないが、なぜか懐かしく、心穏やかな気持ちにさせられた。

ワシーリエフ_雨が降る前
フョードル・ワシーリエフ《雨が降る前》(1870-71)
今にも激しい雨が来そうな風景を繊細な色で捉え、ひとつの物語を紡ぐような画家の目のすばらしさに素直に感激した。

ワシーリエフ_漁師
フョードル・ワシーリエフ《漁師》(1870)
繊細な色彩表現力はこの作品でも明らかだ。静かな光景が心をとてもとても小さく震わせる。
ワシーリエフはわずか23歳でこの世を去っている。クラムスコイが「天才的な若者」と呼んだ才能が、本展に出品されている3点で十分に感じることができる。本展でいちばんの発見かもしれない。夭折の画家をただ惜しむ。

クインジ_エルブルース山_月夜
アルヒープ・クインジ《エルブルース山-月夜》(1890-95)
カフカス山脈にそびえるヨーロッパ最高峰。クインジは色彩のマジックを使った夜の光でこの山を幻想的に描き、神秘的な霊峰に仕立て上げている。
「国立ロシア美術館展」のときにもこの作家の作品《森に注ぐ月の光、冬》を取り上げたが、そもそも、トレチャコフ美術館とロシア美術館で作品を目にして以来、ずっと気になっている画家だ。ロマン主義的作風が好みなんだと思う。

クインジ_ヴァラーム島にて
アルヒープ・クインジ《ヴァラーム島にて》(1873)
サンクトペテルブルクに近いラドガ湖の島。月の光を描いた青っぽい作品たちとは趣が異なるものの、荒涼とした風景に独特の色味を加えて幻想的な風景に昇華させている。

レヴィタン_たそがれ-干し草
イサーク・レヴィタン《たそがれ-干し草》(1899)
単純な形と穏やかな色で画面を構成し、おとぎ話的な風景を作り出している。干し草の息づかいが画面を満たし、その空気が見るものの心に入り込んでくるようだ。

クラムスコイ_忘れえぬ女
イワン・クラムスコイ《忘れえぬ女》わすれえぬひと(1883)
本展の目玉。この女性の表情がどういう風に感じられるかはみる人の心次第、千差万別だろうと思う。みるたびに感じ方が変わってくるかもしれない。
原題は「見知らぬ女」。この女性にある者はアンナ・カレーニナを、またある者はドストエフスキー『白痴』のナスターシャを重ねたという。そのどちらもしっくりこない。賛同してもらえないと思うが、あえて言えば『カラマーゾフの兄弟』のグルーシェンカをふと思いだす程度だ。ちなみに連れ合いはどうしてもフィギュアスケートのスルツカヤに見えてしまうと言っていた。

ヤロシェンコ_学生
ニコライ・ヤロシェンコ《学生》(1881)
肖像画が充実している。ロシアを代表する小説家や音楽家、画家たちを輩出した、まさにロシア芸術の黄金時代。画家が画家を描き、また、文豪たちを描いた。
ポレーノフがレーピンを、クラムスコイがシーシキンを残した。トルストイをニコライ・ゲーが、ツルゲーネフをレーピンが、チェーホフをブラースが描いた。
ヤロシェンコは若い学生をモデルにした。ラスコーリニコフの系譜に連なる暗い陰を学生は放っている。

レーピン_レーピン夫人と子供たち
イリヤ・レーピン《レーピン夫人と子供たち「あぜ道にて」》(1879)
モネのイメージが思い浮かぶが、夫人の顔がしっかりとわかる。レーピンのリアリズムに乗った印象主義的趣とでもいえるだろうか。家族との充実した生活への満足感がこの絵を覆っていて、外光表現がその感情を膨らませているようだ。

レーピン_劇作家レオニード・アンドレーエフの肖像
イリヤ・レーピン《劇作家レオニード・アンドレーエフの肖像》(1904)
端正な顔立ちとそのポーズから、この劇作家の才気が感じられる。実のところ、チェリストのミッシャ・マイスキーに似ているなー、と思ったので載せてみた(顔もだけど、ゆったりとした白い衣装も)。

カサトキン_恋のライバル
ニコライ・カサトキン《恋のライバル》(1890)
タイトルがこれでなければ、ただ水を汲みに行った若いふたりの女性の姿を捉えた光景のようにしか思えない。ふたりが恋のライバルなんだと知ると、そこにちょっとした物語が生まれ、まるでケーキのようなスカートの色が鮮やかな花を添えている。

このほかにも、いろいろなタイプの魅力ある風景画が展覧会をところどころで引き締めている。叙情性豊かなシーシキン《ペテルホフのモルドヴィノワ伯爵夫人の森で》(1891)、瑞々しさが溢れるペルヴーヒン《秋の終わりに》(1887)、近づいてみるとびっくりするようなタッチのポレーノフ《秋のオカ河》(1910年代)などなど。

ヴィクトル・ワスネツォフの作品が《大道芸人の服を着た少女》(1882)だけだったのが残念。ワスネツォフの歴史画がみたかった。ミハイル・ヴルーベリの作品もなかったが、どちらもリアリズムから印象主義への展開を主題に据えた本展のコンセプトからは外れるので仕方ないか。

とにかく本展は、19世紀から20世紀初頭のロシアでは芸術が豊かに花開いていたことを実感できる、貴重な展覧会だ。

2017.04.29 Saturday

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コメント
こんばんは。

予想に反して?
良い展覧会でした。

クインジの描く雪山が
どうしても大観の富士山に見えてしまい困りました。。。
  • Tak
  • 2009/04/06 9:05 PM
★Takさん、こんばんは。
忘れえぬ女という目玉もあって、まずがっかりすることはなさそうですね。それに、ロシア美術館のときとは違って、なかなか盛況なようです。

>大観の富士山に見えてしまい
うわぁ、それは勘弁してください。
月明かりに輝く山の下でかすかに光る渓谷を見れば、神々しいというよりは、穏やかな雰囲気のある風景にみえる気がするのですが。
  • キリル
  • 2009/04/06 10:17 PM
こんばんは!キリルさん♪
今日Bunkamuraに行ってきました。
なかなかに見ごたえがあって良かったです。
私は音声ガイドがあれば必ず利用するんですが、タレントさんを使うより、喋りのプロを使ってくれるとホッとします。
絵画鑑賞の後の楽しみがショップですが、今日は定番図録のほかはポストカードと卵をゲットしてきました。

★コーチさん、こんばんは。
いろいろ美術展をご覧になっている方の良かったという感想を聞くのは嬉しいです。
今回の音声ガイドは好印象だったのですね。音声ガイドがあると自分のペースがうまくつかめないので利用しないのですが、前に利用したときは、そういえばタレントでした。
ショップも楽しみのひとつ、今回はポストカードと図録だけでしたが、緑色の卵、とてもきれいですね!
  • キリル
  • 2009/04/08 9:55 PM
こんにちは。
私もこの展覧会を見ながらタルコフスキーを思い出しました。
アンドレイ・ルブリョフ、現地で見られているのですね。
三位一体、この美術館にあったのですか〜
★一村雨さん、こんにちは。
タルコフスキー映画の主役のひとつであるロシアの大地、自然がちょっと身近に感じられる展覧会ですね。ソラリスに出発する前の田園風景が浮かんできました。
三位一体はとても小さなイコンですが、何か人びとの想いみたいなものがぎっしりと詰まっているように感じました。映画を観ているから余計にそう感じるのかもしれませんね。
  • キリル
  • 2009/04/12 11:15 AM
こんばんはです。
今日観てきました。Bunkamuraはたぶん10年ぶりくらいです・・
普段からいろいろやってるんでしょうけど、何故か気づかないんですよね。

「雨が降る前」「ヴァラーム島にて」が特にグッときました。
「雨が降る前」は、あの橋を渡る人と鳥がいなかったら、どんな感じだろう。。と
ぼうっと考えてしまいました。
  • nekoba
  • 2009/04/13 12:30 AM
★nekobaさん、こんばんは。
10年ぶりくらいですか。そのとき何が開かれていたのか憶えていますか? 僕はこの頃のBunkamuraの企画には結構惹かれているみたいで、気がつくと意外に出かけていました。
ワシーリエフはよかったですね。今、図録で人と鳥を指で隠してみて雨が降る前をみてみました。また違った美しい風景画として成立しそうな気がします。いろんな見方があるんですね。
  • キリル
  • 2009/04/13 9:52 PM
図録集の値段っていくらですか?
  • 2009/04/27 6:29 PM
★yさん、図録は2300円です。
 こちらのサイトをどうぞ。
http://www.bunkamura.co.jp/museum/lineup/09_tretyakov/goods.html
  • キリル
  • 2009/04/27 10:13 PM
はじめまして。私も今日、この展覧会に行って感動してきました。ロシアの絵画は見る機会があまりなく、主題が新鮮でした。私が気に入ったのが、ヴェネツィーアノフ『干し草作り』,アルヒーポフ『帰り道』,レーピン『劇作家レオニード・アンドレーエフ』とグラバーリ『散らかった食卓』でした。ポストカードがとっても少なかったので非常に残念でした。展覧会の内容は満点でしたけど。

あの、ひとつお願いがあるのですが、レーピンの『劇作家〜』とグラバーリの『散らかった食卓』の英語の題名とアルファベット表記の作者名を教えていただけませんか?好きな絵は作家と作品名を記録しているのですが今回、途中から夢中で鑑賞していたらうっかりメモをとるのを忘れてしまいました…。宜しくお願いします。
  • のの子
  • 2009/04/29 3:55 PM
★のの子さん、こんばんは。
関係者でも何でもないけど、夢中になるほど楽しまれたとはうれしいです。ポストカードが少ないのは図録を売りたいがためでは、と邪推してしまいます。

それではご要望の件、図録から。
Ilya Efimovich Repin  Portrait of Leonid Nikolaevich Andreev
Igor Emmanuilovich Grabar   An Uncleaned Table
  • キリル
  • 2009/04/29 10:58 PM
教えて頂き、どうもありがとうございます。

私は展覧会に行くといつも、まずは全ての作品を一通り見て周り、最初に戻って気に入った作品をゆっくり観賞、終わりまできたらもう一度戻って、更に好きになった作品をじっくり堪能ということをやっています。今回、ヴェネツィーアノフの『干し草作り』に至っては5回戻りました。レーピンの『劇作家レオニード・アンドレーエフ』も何回も観ていくうちに最初の「すこぶるハンサムな男性」というミーハー的感想から、作品の力強さが少しずつ見えていくんです,私の場合。

私もキリルさんのように、もっと深い観賞ができたらいいのですが。
  • のの子
  • 2009/04/30 1:02 AM
★のの子さん、こんばんは。
鑑賞の仕方は人それぞれで興味深いですね。僕の場合は初めは一通りみて、そのあとは気に入った作品の間を行ったり来たりします。
のの子さんの感想は十分に伝わってきましたよ。僕の鑑賞が深いように感じられたとしたら、それはたぶん、ちょっと気取って書いているからかもしれません。本当に他愛無い感想なんです。
  • キリル
  • 2009/04/30 10:56 PM
遅ればせながら
10年前に見たのは「オランジュリー展」でした。
確か、東京に出てきて初めてのデートの舞台だったかと(笑)
そんな記憶しかありません。いやあ、若かった・・・

風景画が好きなのですが、

「なんでここにこれを描いたんだろう?
 別に描かなくてもいいのに描いたって事は
 きっと思い入れがあるというか、キモなんだよな。。」

などと考えながら観てしまいます。ついつい。
★nekobaさん、こんばんは。
オランジュリー美術館展やってたんですね。ググってみました。その頃はコンサートやバレエ以外でBunkamuraに行くことはなかったです。
なかなか想い出深い展覧会になったのではないですか。それとも気もそぞろだったとか。

>なんでここにこれを描いたんだろう?
たしかにそこに注目すると、もっとその風景の意味がみえてきそうですね。次に風景画をながめるときは、もっとその辺を気にしながらみてみようと思います。

  • キリル
  • 2009/05/12 10:38 PM
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