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 「細見コレクション 琳派にみる能」の後期展示を国立能楽堂資料展示室でみてきた。前期はこちら

代々木に用があって出たついでに、代々木駅から歩いて向かった。北参道の交差点に出ると、風がうなりを上げ、信号待ちする人々もウーーとうなるくらい寒かった。強風に背中を押されたおかげでかなりのスピードで着いたけどね(うそつけ!)。

琳派にみる能

前回からの展示替えは尾形光琳《宇治橋図団扇》などほんの少し。《洛外図屏風》は入口にいちばん近い場所に移動していた。どこだろう、多くの人が舞台を観るなか、柵の外から覗いている人がいておもしろい。
中村芳中《朝顔図》は、酒井抱一を想わせる落ち着いた味わいで、琳派の意匠が息づいている。

前回みているのに、今回とても強い印象を受けたのが、鈴木其一《弓張月図》神坂雪佳《大鎧図》
弓張月図は、右幅の、色鮮やかに描かれた弓を引く男の形と、構図のバランス、それと左幅の地味な色とが、いい具合に調和していて、じわりとくる美しさだった。
箱の上に置かれた大鎧には、足もないのに、人がそれを身につけているかのような強い存在感があって、じっとみているとぞわりとしてきた。

一度目にみたときにはそれほど印象に残らなかった作品が、二度目には強く訴えかけてくるというようなことがあると、またみてよかったと思う。

公演の前なのか、たくさんの人が展示を楽しんでいて、ほとんど誰もいなかった前回とは違った雰囲気。それにつられてか、神坂雪佳のクリアファイルを勧められ、1枚買ってしまった。迷ったすえ、鹿の形態がおもしろくてこれにした。
百々世草クリアファイル
神坂雪佳「百々世草」《春日野》
裏側の《春田家》が透けているね。


    
  
 「国宝 土偶展」東京国立博物館でみてきた。

国宝土偶展
もともと二次元が好きなので、年末に立ち寄ったときにもなんとなく見なかったけど、やはりこれは見逃してはいけないと思い直した。なんといっても、3つの国宝が勢揃いするのは初めてだというし。

到着したのは土曜日の2時前くらいだったはず。その前、いつも空いている地下鉄がやけに混んでいるし、上野の森もかなりの人出、そして東博本館正面のロッカーがほぼ埋まっていたので、相当混んでいるのはわかった。土偶展、覗いてみたら、人の波。
当然後回しにして、洛中洛外図屏風(舟木本)に向かって、平常展を順番通りにたどる。ついでに講演会を聴いて、ちょっと休憩してから戻ってみたけどやっぱり混んでる。また、舟木本をみに行ったら、講演会の後ということもあって、こちらも混んでいたけど。それから平常展の続きをみてから、まだ混んでいたけど諦めて土偶展に入場。

みんなこんなに土偶に興味があるのかー、というのが最初の感想。
とにかく見ていくと、なんだろう、生命のエネルギーというか、何かそういうものが漂ってきてぞくぞくとしてくる。ひとつひとつが明らかにオーラをまとっている。
国宝 縄文のビーナス」のふくよかな温かい美しさ、「国宝 中空土偶」の模様の緻密さに感嘆し、「重文 立像土偶」などの斬新なデザインに驚く。縄文のビーナスは上から見ると、すっぱりと平らな頭が渦を巻いていた。
それ以外にも、「重文 遮光器土偶」みたいに、面白いくてすばらしいのやらがたくさん。
重文 仮面土偶」なんてギャオスだし、太陽の塔にそっくりなのや、ラピュタのロボットみたいなのまであって、現代のデザインなんてみんな、ずっと昔にあったんだと思うと、すごいとしかいいようがない。
土器も土偶に負けないくらいすばらしかった。
とにかくエネルギーをもらえる。みんなが惹きつけられるのも無理ないかも。

残り3週間。これからの土日はもっと混雑するはず。閉館30分前になって新たな入館者がいなくなったら急に空き始めたので、その時間帯を狙うのも手かもしれない。
    
  
 東京国立博物館に入り、土偶展をみようとしたら、予想以上の混雑ぶりに怯み、まず平常展をみることにした。

目的はこれ。
洛中洛外図屏風_舟木本
《洛中洛外図屏風》(舟木本)(1614頃)
舟木本の何たるかなんて全然知らなくて、ツイッターのつぶやきで知った次第。
それはともかく。
東博所蔵の洛中洛外図屏風は滋賀の舟木家に伝来したことから舟木本と呼ばれていて、「街の東半分を見て描いたものと西半分を東から見たもので一対の屏風となるのが通例ですが、この作品は京都の中心部だけを南から見て描いています」。東寺あたりからの眺めらしい。時代は豊臣家が滅びる直前。なるほどと頷きつつ、舟木本をみる。

右隻から順にみていくと、人々の生き生きとした様子や動きから、どうやら風俗に主体が置かれているらしいということが感じられる。
清水寺の音羽の滝、斬り合い、商売。いちばん気になったのは、祇園祭の場面に描かれたいくつかの膨らんだ風船のようなもの。母衣(ぼろ)と呼ばれる飾りだそうだ。
まず一通りみたところで、ふと立て看板が目に入り、国立歴史民俗博物館の小島道裕氏の講演会「洛中洛外図屏風の系譜」があるとのことだった。急に聞いてみたくなり、もう30分ほど過ぎていたけど、とりあえず行ってみたら、入れてもらえた。

とても興味深い話がたくさんあって、知らないということはもったいないことと改めて思いながら、聞き入った。
現存しない朝倉本から三条本(歴博甲本)、阿波本(東博模本)、上杉本から、後の舟木本などまで、どういうつながりがみられて、どう変化していったかが、具体例を挙げて説明され、初めて洛中洛外図屏風というものの意味に気づかされた。とくに、歴博甲本に描かれている「渡月橋付近の酒宴」を「嵯峨野の月見」であると解釈したうえで、その後、狩野派内で遊楽図として受け継がれ、変遷していく様子の解説は面白い。そんなこんなで、すっかり歴博甲本に俄然関心が向いてしまったのはご愛嬌。

舟木本に話が移ったとき、作者不詳とあった舟木本を岩佐又兵衛作と当たり前のように口にしていたのでびっくりした。もしかすると驚いたのは僕だけ?
江戸期以前には絶対になかった刀傷沙汰が描かれているなど、風俗図の様相が強まっているのが特徴的なのだそうだ。
例えば、室町の中世的秩序が描かれる歴博甲本では、床屋が町の角地にあること、剃刀が仏具であるため僧侶以外は髪の毛を抜いていたことなどがわかる。それに対して舟木本では、床屋は橋の袂へと進出し、剃刀を使うようになっていたり、近世社会の風俗が人間中心で描かれているとか。

とにかく楽しく講演を拝聴してから再度、舟木本に向き合うと、この洛中洛外図屏風が一層魅力的に輝いて見えた。
岩佐又兵衛が描いたと思うと、人々の姿がさらに生き生きとして見えてくる。刀傷沙汰も、橋の袂の床屋もばっちり確認できた。

この後、少しましになった土偶展に入るわけだけど、それはまた後ほど。最後にミュージアムショップで舟木本のリーフレットを購入。後でゆっくり眺めよう。

    
  
 東京都庭園美術館で開催中の「イタリアの印象派 マッキアイオーリ 光を描いた近代画家たち」をみに行った。

マッキアイオーリ展
「マッキアイオーリ」とは、技法上の特徴であるマッキア(斑点)からきた造語で<マッキア派の画家たち>を意味し、揶揄するニュアンスで使われ始めたそうだ。
フランスの印象派に先立つ1850年代から運動は始まったとのことだけど、どちらかというと、最初に影響を受けていることから、イタリアのバルビゾン派という気がしないでもない。
連れ合いは、展覧会場に入ってすぐの「ごあいさつ」を読むまで、マッキアイオーリという画家がいるものだと思いこんでいたとか。確かにイタリア人の名前っぽいけど。

マッキアイオーリの始まりから変化の過程を順にたどる展示で、章立てされているが、それとは関係なく気に入った作品をいくつか。

ジュゼッペ・アッパーティ《トスカーナの道》(糸杉のある田舎道)(1863頃)
しばらく眺めていたい気分になる、優しい風景。木々のざわめき、風や陽のにおいがしてくるよう。
クリスティアーノ・バンティ《内緒の話》
親密な雰囲気が画面を包む気持ちのいい絵。連れ合いは、映画「モスクワは涙を信じない」で3人の女性が将来の夢を語り合う場面を想いだしたそうだ。
テレマコ・シニョリーニ《セッティニャーノ》(1880)
早くも、マッキアイオーリの活動が一つの節目を迎えた後の作品。一目見て、とても好きな絵だと思ったが、たぶん写真の広角撮影のような構図が気に入ったんだろう。少し寂しげだが。
シニョリーニ_セッティニャーノの菜園
テレマコ・シニョリーニ《セッティニャーノの菜園》
上の作品同様、シニョリーニの作品は写真的だ。とても穏やかで気持ちのいい一瞬が隅々にまでとどめられている。どちらも頭の中でモノクロ写真に変換して見てみると面白い。
水運びの娘
フランチェスコ・ジョーリ《水運びの娘》(1891)
たしか解説にあったように、神話の女神のようで、作りすぎの感があるが、それが堂々とした存在感を出しているのだろう。

マッキアイオーリのことは何も知らなかった。この展覧会に足を運んだ人たちのどれくらいかはわからないけど、新しくマッキアイオーリについて印象をもつことになる、そんな貴重ですばらしい展覧会だった。おすすめです。

ただ、もともと下がって見るだけのスペースがないし、すべてに解説があって人が集まると見づらい。小さな作品が多いし。しかも予想以上の混雑ぶりでびっくりした。
あと、作品リストなし、ポストカードなしなのが残念だった。
    
  
ボルゲーゼ美術館展
 東京都美術館で始まった「ボルゲーゼ美術館展」は、ローマ市北東部にある同美術館から、15−17世紀のイタリア美術作品約50点が出品されている。17世紀にパトロンだったシピオーネ・ボルゲーゼ枢機卿のコレクションが核になっていて、ルーブル美術館にあるボルゲーゼ・コレクションは同館から売却されたものだそうだ。
ラファエロ_一角獣を抱く貴婦人
目玉作品は日本初公開のラファエロ・サンツィオ《一角獣を抱く貴婦人》(1506年頃)。かつて、一角獣が塗りつぶされるなど、聖カタリナを描いた別人の作とされていた。ショールやペンダントの不自然さが疑問だとして検査されたところ、聖人ではなく婦人の肖像画であることがわかり、今ではラファエロ20代前半の作品とされる。そう解説されると、ラファエロらしい端整で柔らかい作風が感じられると単純に思う。レオナルド・ダ・ヴィンチの影響がみられるとのこと。一角獣は貞操を表すとかで、たしか結婚を控えた女性の肖像という説明があった。女性の表情がややかたいところからも、やはり肖像画なんだろう。
もともと犬にする予定だったものを一角獣に変更したため不自然という指摘があったが、一角獣は小さくて可愛らしい。いい絵だと思う。
カラヴァッジョ_洗礼者ヨハネ
もう一つの目玉がシピオーネ枢機卿も支援していたカラヴァッジョ《洗礼者ヨハネ》(1609-10年)。こちらも日本初公開。
いろいろと事件を起こした作家が恩赦に助力してもらおうと枢機卿のために描いたとか。実際に枢機卿の手に渡ったときにはすでにカラヴァッジョはこの世を去っていた。
草を食む羊、ヨハネ、赤いマントの並びが鮮烈な印象を与える。「けだるそうな聖ヨハネ」とあったが、ふてぶてしさも感じられて惹きつけられる。カラヴァッジョその人なのではないかという気がしてくる。

展覧会全体の印象としてはややインパクトに欠ける気がするが、このほかにもボッティチェリとその弟子たち《聖母子、洗礼者ヨハネと天使》(1488年頃)や、ギルランダイオ《レダ》《ルクレツィア》(ともに1560−70年頃)、それに失われたレオナルド・ダ・ヴィンチ作品を模写したものとされる《レダ》など、興味深い作品もいろいろあって、それなりに楽しめる。

4月5日から改修工事に入る今の東京都美術館ではこれが最後の展覧会になる。

    
  
国立能楽堂資料展示室で「細見コレクション 琳派にみる能」をみた。

琳派にみる能
平成21年12月23日ー平成22年2月21日

冷え込みの強い日中、国立競技場近くには高校サッカー決勝戦に向かう人々がたくさん。そこから少し歩いて、能楽堂の立派な建物の小ぢんまりとした展示室に入る。

いきなり鈴木其一《翁図》《旭日・高砂図》ときて、展示に引き込まれる。翁を演じる姿に存在感があって、舞う姿が目に浮かぶよう。けれども、「翁」は能にして能にあらず、と言われる演目だとか。
続いて岩佐又兵衛《俊寛図》
流刑先から京に戻れぬ苦しみに身悶えする俊寛が左上に小さく描かれている(のだが、小さすぎて見えないため、下に拡大図が!)。

その横の《洛外図屏風》はすばらしかった。六曲一双ながら大きすぎず小さすぎず、ゆっくり眺めるのにちょうどよかった。光って見にくいのは仕方がない。

俵屋宗達_墨梅図
俵屋宗達《墨梅図》は、画面の真ん中にすらりと伸びる枝を配した、宗達らしい大胆な構図。品があって力強い絵だ。どこかでみたことがあると思ったら、大琳派展でみていた。

市川其融《雪中常盤図》。この其一門の絵師の名を初めて知った。

神坂雪佳の作品が点数ではいちばん多い。琳派の影響を受けていることくらいは知っていたが、能を題材に多くの作品を残しているとは知らなかった。

琳派への興味に能が重なるというおもしろい展示なのに、能のことをよく知らなくて残念だった。能に限らず、日本の伝統文化・芸能について、少しはわかるというものがなくて、やまと絵や日本画が好きだなんて言っていることが恥ずかしくなった。

ということで、今年のテーマに日本の芸能に少しは親しんでみることを追加。さっそく近いうちに能を観に行くことを決心。是非実行したいと思っている。

細見美術館を訪れたことはないが、今回のこの展示はとてもすばらしくて、展示替えがあるのでまた出かけてみようと思う。
まさか無料でこれだけの作品がみられるとは、はろるどさんに感謝です。
    
  
 永青文庫で「細川サイエンス ー殿様の好奇心」をみた。

細川サイエンス

『天地明察』を読んで渋川春海に興味を持ったのでは?と推察したあなたには「明察」の言葉を贈ろう。

初めて読んだ冲方丁作品は第24回日本SF大賞受賞作『マルドゥック・スクランブル』。その後、ライトノベル『オイレンシュピーゲル』『スプライトシュピーゲル』『テスタメントシュピーゲル』のシュピーゲル・シリーズを読んでいる。後は未読。
『天地明察』が評判になっていることは知っていて、読みたいとは思っていたが、この頃は本を収納する場所が少なくなってきたので、文庫本になるまで待つつもりだった。でもなぜか、衝動的に買ってしまい、ほぼ一気に読んだ。

江戸前期、後に初の幕府天文方に任ぜられる渋川春海が、幾度となく挫折しながら改暦に挑み続ける姿を描いた時代小説。とくに、冒頭から、改暦に挑みながら最大の挫折を味わうまでの息もつかせぬ筆致は、まさに”熱狂の作家”(勝手にそう呼んでいるだけ)冲方丁の面目躍如といえる。
分野は違うが、沢木耕太郎『深夜特急』を読んだときの興奮がよみがえってきた。

とにかく『天地明察』を読んでいるときに渋川春海が作製した天球儀が見られると知ったのだから、行くに決まっている。

江戸川橋駅から歩き、まず野間記念館に寄ってからと思ったら、またもや閉まっていた。「富士を仰ぐ」展は来週16日からだった。年末と同じ過ちを二度繰り返すばかなやつ。
でもとにかく目的は永青文庫なのでショックは引きずらない。

渋川春海_天球儀
重要文化財 渋川春海「天球儀」(1673 寛文13年)

江戸幕府第四代将軍徳川家綱の治世に作られた銅製の天球儀。触れないので重さはわからないけども、相当重いだろう。何よりも、小説を読んだものとしては、これを作るまでの苦労と努力を考えるとさらに重みを感じる。どうやって細川家の所蔵となったのだろう。
よく見ると、馴染みのある「昴」のほかに「胃」なんてのがある。二十八宿の一つ胃宿(いしゅく・こきえぼし)のことで、おひつじ座35番、39番、41番の3つの星で構成されているということだ。
小説を読んでたんに感慨にふけってみたかっただけで、こういうものに興味のない人にとってはなんてことはないだろうけど、できることなら、触って回してみたいものだ。

このほか、司馬江漢作の地球儀や、シーボルト『日本』などの洋書などなどがあって、関心があれば楽しめること請け合い。

ところで、今年4月20日からは東京国立博物館で「特別展 細川家の至宝」が開催される。その前半に、ずっと機会を待っていた菱田春草《黒き猫》が展示されるようなので待ち遠しい。


最後に冲方丁ファンのアニメ好きにニュース。
『マルドゥック・スクランブル』の劇場アニメ化が今年公開予定で動き出しているようだ。この作品、過去にGONZOによるアニメ化が発表され、後に中止になった経緯があるが、今回はどこの制作スタジオになるのだろう。

冲方 丁
角川書店(角川グループパブリッシング)
¥ 1,890
(2009-12-01)

    
  
 たばこと塩の博物館で、中央大学創立125周年記念特別展 平木コレクション「浮世絵百華」後期をみた。

浮世絵百華

後期は「浮世絵とは何であったか」をテーマに展示されている。

浮世絵はしばらくぶり。一時、浮世絵展に連続して出かけていって、ちょっと食傷してしまったので、最近は避けていた。なので、久しぶりの浮世絵を新たな気分で眺めることができたように思う。

驚いたのは重要美術品の多さ。半分ほどに上っている。無知で申し訳ないけど、平木コレクションってすごい。
初摺が多いってことがあるのかもしれないけど、古いのに保存状態がすごくいいというのは確かなようだった。だから照明も暗い。

いきなり最初の2点に心を奪われ、これをみただけでもう満足と思えるほどだった。

鳥居清経《九代目一村羽左衛門の白びやうし》(1763頃)
紅摺絵ということで、紅を基調にほか二色と墨だけで摺られている。墨をうまく乗せていることで、とても少ない色で豊かな階調が表現されている。

鈴木春信_機織
鈴木春信《機織》(1766頃)
「紅一色でつぶした背景から春信独特の清楚な美人が浮かび上がる美しさ」とあったが、まさに鈴木春信らしいさっぱりした清楚さと色の美しさがよく出ている作品で、名品と呼ぶに相応しいのではないだろうか。空摺による糸の表現を見ると、創意工夫された摺りの技術に溜息が出る。

展覧会終盤ということもあるだろうし、浮世絵が人気ということもあるのか、けっこう混んでいて順番にみていくのを諦め、行ったり来たりした。そのせいでせっかくのテーマに沿った見方は全然できなかったけども、すばらしい作品はもちろん、おもしろい作品もあって、展示スペースは小さいけど、中身の詰まった展覧会だった。

サンプルの図録を見ると、そのつもりだったのに結局行けなかった前期には「平木コレクションの優品・名品・稀品」と題したとおりのすばらしい作品が多数あったようで、ほんとに惜しいことをした。もう少し気に留めるようにしないといけない、と新年早々に反省している。

まだ2日あるので、気になる方はぜひお出かけ下さい。

これが今年最初の記事。記事の本数も減るばかり、中身もすかすかになりつつありますが、マイペースで気楽に続けるつもりでいますので、今年もよろしくお願いします。
    
  
 2009年の印象に残った美術展ベスト3を挙げる。

例年は時系列ながらベスト10にしていたのだけど、今年の場合は、みた美術展の数があまりにも少なすぎて、常設展を除いて10も挙げるとなると、何でもかんでも選んでいるみたいになりそうなので、僕にとって新鮮だった3つの展覧会だけにしてみた。

この記事のリンク先はすべてこのブログの過去記事なのでご注意あれ。

鴻池朋子展2009
こういう世界を作り上げるのに一体どれくらいのエネルギーが必要なんだろうと想像せずにはいられなかった。すさまじいエネルギーに頭がくらくらした。

阿修羅展
阿修羅様、ああ阿修羅様、阿修羅様。思わず手を合わせ、頭を垂れた。

ベルギー近代絵画のあゆみ
やや渋いけど、小粒でぴりっと辛い系。名前を聞いたこともない画家が多かったけど、世界は広いなあと実感。自分が知っている美術なんて砂漠の一握り程度なのかもしれない。

こういう結果になったけど、もし常設展を含めると、まずほぼ毎年、東京国立博物館常設展が上位にくるんだろうな。


さて、これだけでは寂しいので、個人的に記憶にとどめておきたい美術館を2つ。
今年3月限りで、3年にも満たずに閉館。世の中こんなものなんだ。
茅場町時代を知らない僕にとって、千鳥ヶ淵こそが山種美術館。新しい山種美術館からは足が遠のきそうな気がする。

最後に、多くの方が何度も足を運んだミホミュージアム「若冲ワンダーランド」。近くだったら絶対に行ったのだけど、出不精にはハードルが高すぎた!


個人的にはあまりぱっとしなかった2009年の美術展めぐり。2010年は少なくとも今年を下回らない程度には出かけて行きたいと思っているのだけど、どうなることやら・・・。

    
  
 今朝、といっても昼に近い時間だったけども、急に野間記念館に行こうということになった。今まではバスで椿山荘前まで行っていたけど、地図を見ると最寄り駅から歩けば10分程度ということだったので、有楽町線の江戸川橋駅から歩いてみることにした。

神田川を越えて目白坂を登る。途中にお寺や神社があって、日差しが暖かくて、気分のいい散歩だなと思っているうちに、あっという間に椿山荘に出た。初めての道が物珍しいせいもあるのか、とうてい10分もかかったような気がしない。

そのまま野間記念館へ。あれ、閉まってる。
休館中だった。ホームページの展示内容ページには「講談社野間記念館の名品」展が確かあったように思ったのだけど・・・。まあ、実際には20日に終わっていたということ。よく見なかったのが悪いのだから仕方がない。
散歩で気分がよかったので、すぐに気を取り直して、永青文庫に向かう。そこで開かれていたのは書の展覧会だったのでパス。
しばらく新江戸川公園を散策してから、これまた初めてのルートで目白駅まで歩く。実はこのあたりには全然縁がなかったので、途中に、日本女子大や学習院のほか、小中高までいくつかあることを初めて知った。

天気がよくて暖かかったので、散歩日和で楽しかった。
決して負け惜しみではありません。そんな一日。

せめて写真をいろいろ撮っていれば散歩記録になったのだろうけど。
       

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