2008.11.09
「近代日本画の巨匠 速水御舟−新たなる魅力」(2008年10月4日-11月9日)を平塚市美術館でみた。

これを見逃すと後悔するに違いないと思いつつ、普段から都心の狭い範囲をふらふらしてばかりなので、平塚はハードルが高い!ということで、ずっと迷いつつ避けていた展覧会。周囲からも絶対に行くべきだと勧められ、会期終了間際になってようやく重い腰を上げた。
とはいえ、朝夕に地元で用があるという厳しいスケジュール。小雨まじりの天候ながら、早起きしたかいがあって行きはよかったものの、帰りはバスや電車のエアポケットに迷い込んでしまい、夕方の用事に遅刻するというドタバタを演じてしまった。
速水御舟(1894-1935)はわずか40年という短い生涯に、次々と作風を変えながら、多くの作品を完成させている。
速水御舟の晩年の代表作をはじめ、多くの作品を所蔵しているのが山種美術館だが、今回の展示では、そこからの出品がないにもかかわらず、こんなにあるのかと思うほどの質と量で、訪れてよかったと心底思った。
作風の変化を感じつつ、制作年代順に。

速水御舟《小春》(1910)
展覧会初出品作。16歳のときの作品。14歳になるかならないかの頃に松本楓湖が主宰する安雅堂画塾に入門してから、2年ほどでこれを完成させたのかと思うと、言葉がでない。

速水御舟《浦津》(1911)
17歳。《小春》をみて、これをみて、十代半ばの少年が短い期間に、趣の違うこの二つの作品を完成させていることに驚く。松本楓湖が放任主義だったこともあって、自分で考える習慣がついたのだろう。それは当然、生涯続いたのだろうと想像する。

速水御舟《荒海》(1915)
海の荒々しさを感じさせる筆致に迫力がある。ドーン。

速水御舟《短夜》(1915)
溜息が出るほどの美しさ。この画像とはまったく印象が違う。墨だけで描いたかのような漆黒の闇のなかに浮かび上がる灯りと人の姿。微かにしか見えない青色がところどこに置かれて、夜の雰囲気を高めている。

速水御舟《洛北修学院村》(1918)
大和絵風南画から細密描写へと向かおうとしている頃。「群青中毒にかかった」と自ら述べるほど、群青と緑青が多用されている。さまざまな要素を組み合わせた実験的な意欲作とされるが、鮮やかな青と情緒を楽しんだ。

速水御舟《鳩》(1921)
細密描写の時代。代表作《京の舞妓》(1920)だけでなく、こうした花鳥画にも細密描写を取り入れている。
よくある花鳥画に見えるが、近づいてよくよくみると、苔の具合なんかが細かく表現され、やはり細密なんだと納得する。

速水御舟《鍋島の皿に柘榴》(1921)
静物画にも優品がたくさんあるが、個人的な趣味でこれを。磁器のような柘榴のツヤと質感につい魅かれてしまう。

速水御舟《丘の並木》(1922)
静かで、冷たくて、なんか淋しくて、そして美しい。自然の神々しさのようなものに満たされている。

速水御舟《平野晴景》(1924)
どうでもいいようなのどかな景色なんだけど、なぜかとても味わいがあって、なんだかいい。歪んだような広い景色に溶け込んだ光や白い煙が、その場の空気をつくりだしている。

速水御舟《離山 軽井沢》(1925)
山の量感をどうやって出しているのだろうと近寄ってよくみてもよくわからない。濃淡だけではこんなふうにどっしりとした存在感は出ないように思うし、描き手の懐の深さみたいなものを感じた。
細密描写から表現主義へと変化していく頃の作品とされる。

速水御舟《晩冬の桜》(1928)
冷たい空気に包まれた桜。珍しく絵をみながら、ああすばらしいとか、ああ美しいとかではなく、息苦しいようなどきどきが襲ってきた。こういうのを感動というのだろうか。
細部まで紛れもなく美しい《晩秋の桜》(1928)と並べて展示されていたが、普段は違う美術館に所蔵されているのが悲しい。

速水御舟《燕子花》(1929)
通りがかった際に、きれいな深い青紫色が見え、なんてきれいな色なんだろうと思いながら近寄ると、「紙墨軸」と説明があった。えーっ、墨!
墨にも青墨やらあるけど、そういうのとは違う、紛れもない色がみえた。色だけでなく、佇まいも美しい。

速水御舟《花ノ傍》(1932)
画面構成、とくに色が複雑に構成されているところがおもしろい。そして下に目を向けると、犬がなんともいえない表情でこちらを見つめ、思わず見つめ合ってしまった。
安井曾太郎を思い出した。

速水御舟《紅葉葵(秋色)》(1931)
目に鮮やかな赤い花の存在感がぐっと迫ってきて、思わず吸い寄せられた。速水御舟が描くものはなんであれ、もうすっかりその内面というか、存在そのものが訴えかけてくるようなものになっている。

速水御舟《秋色 南京軍鶏》(1933)
唸ってしまうような見事な構図。むっくりした軍鶏の存在がものすごく効いている。

速水御舟《牡丹双華》(1934)
花の絵でこれだけの品のようなものを感じられるというのはどういうことなのだろうと感じつつ、《墨牡丹》(1934)と並べてみてみたいと願う。
第2会場には模写、下図、写生、手紙などが展示され、速水御舟の日々の研鑽の様子などが思い浮かぶ。
《鯉(写生)》(1922)の技術の確かさ、《松(下図)》(1935)の奇妙な味わい、夫人の留袖を自ら描いたものなどに驚き、さらに興味がかきたてられる。
日本画家には長寿の人がたくさんいる。それを思うと、速水御舟の急逝が残念でならない。長生きしていればきっと現在の日本美術が大きく変わっていただろうと思わせるだけのことを短い生涯で成し遂げた速水御舟にただただ感嘆する展覧会だった。
すばらしい作品が目白押しで、絞り込んだつもりだったのに全然絞れてなかった。どこかで、山種美術館の所蔵作品も加えて大展覧会を企画してくれないかな。
みおわって満足した後、美術館のなかにあるレストラン「ラ・パレット」に入った。
少し待つはめになったけど、素材にこだわった料理をおいしくいただき、ついのんびりしてしまった(帰りのドタバタはここでゆっくりしたせいではない。念のため)。

これを見逃すと後悔するに違いないと思いつつ、普段から都心の狭い範囲をふらふらしてばかりなので、平塚はハードルが高い!ということで、ずっと迷いつつ避けていた展覧会。周囲からも絶対に行くべきだと勧められ、会期終了間際になってようやく重い腰を上げた。
とはいえ、朝夕に地元で用があるという厳しいスケジュール。小雨まじりの天候ながら、早起きしたかいがあって行きはよかったものの、帰りはバスや電車のエアポケットに迷い込んでしまい、夕方の用事に遅刻するというドタバタを演じてしまった。
速水御舟(1894-1935)はわずか40年という短い生涯に、次々と作風を変えながら、多くの作品を完成させている。
速水御舟の晩年の代表作をはじめ、多くの作品を所蔵しているのが山種美術館だが、今回の展示では、そこからの出品がないにもかかわらず、こんなにあるのかと思うほどの質と量で、訪れてよかったと心底思った。
作風の変化を感じつつ、制作年代順に。

速水御舟《小春》(1910)
展覧会初出品作。16歳のときの作品。14歳になるかならないかの頃に松本楓湖が主宰する安雅堂画塾に入門してから、2年ほどでこれを完成させたのかと思うと、言葉がでない。

速水御舟《浦津》(1911)
17歳。《小春》をみて、これをみて、十代半ばの少年が短い期間に、趣の違うこの二つの作品を完成させていることに驚く。松本楓湖が放任主義だったこともあって、自分で考える習慣がついたのだろう。それは当然、生涯続いたのだろうと想像する。

速水御舟《荒海》(1915)
海の荒々しさを感じさせる筆致に迫力がある。ドーン。

速水御舟《短夜》(1915)
溜息が出るほどの美しさ。この画像とはまったく印象が違う。墨だけで描いたかのような漆黒の闇のなかに浮かび上がる灯りと人の姿。微かにしか見えない青色がところどこに置かれて、夜の雰囲気を高めている。

速水御舟《洛北修学院村》(1918)
大和絵風南画から細密描写へと向かおうとしている頃。「群青中毒にかかった」と自ら述べるほど、群青と緑青が多用されている。さまざまな要素を組み合わせた実験的な意欲作とされるが、鮮やかな青と情緒を楽しんだ。

速水御舟《鳩》(1921)
細密描写の時代。代表作《京の舞妓》(1920)だけでなく、こうした花鳥画にも細密描写を取り入れている。
よくある花鳥画に見えるが、近づいてよくよくみると、苔の具合なんかが細かく表現され、やはり細密なんだと納得する。

速水御舟《鍋島の皿に柘榴》(1921)
静物画にも優品がたくさんあるが、個人的な趣味でこれを。磁器のような柘榴のツヤと質感につい魅かれてしまう。

速水御舟《丘の並木》(1922)
静かで、冷たくて、なんか淋しくて、そして美しい。自然の神々しさのようなものに満たされている。

速水御舟《平野晴景》(1924)
どうでもいいようなのどかな景色なんだけど、なぜかとても味わいがあって、なんだかいい。歪んだような広い景色に溶け込んだ光や白い煙が、その場の空気をつくりだしている。

速水御舟《離山 軽井沢》(1925)
山の量感をどうやって出しているのだろうと近寄ってよくみてもよくわからない。濃淡だけではこんなふうにどっしりとした存在感は出ないように思うし、描き手の懐の深さみたいなものを感じた。
細密描写から表現主義へと変化していく頃の作品とされる。

速水御舟《晩冬の桜》(1928)
冷たい空気に包まれた桜。珍しく絵をみながら、ああすばらしいとか、ああ美しいとかではなく、息苦しいようなどきどきが襲ってきた。こういうのを感動というのだろうか。
細部まで紛れもなく美しい《晩秋の桜》(1928)と並べて展示されていたが、普段は違う美術館に所蔵されているのが悲しい。

速水御舟《燕子花》(1929)
通りがかった際に、きれいな深い青紫色が見え、なんてきれいな色なんだろうと思いながら近寄ると、「紙墨軸」と説明があった。えーっ、墨!
墨にも青墨やらあるけど、そういうのとは違う、紛れもない色がみえた。色だけでなく、佇まいも美しい。

速水御舟《花ノ傍》(1932)
画面構成、とくに色が複雑に構成されているところがおもしろい。そして下に目を向けると、犬がなんともいえない表情でこちらを見つめ、思わず見つめ合ってしまった。
安井曾太郎を思い出した。

速水御舟《紅葉葵(秋色)》(1931)
目に鮮やかな赤い花の存在感がぐっと迫ってきて、思わず吸い寄せられた。速水御舟が描くものはなんであれ、もうすっかりその内面というか、存在そのものが訴えかけてくるようなものになっている。

速水御舟《秋色 南京軍鶏》(1933)
唸ってしまうような見事な構図。むっくりした軍鶏の存在がものすごく効いている。

速水御舟《牡丹双華》(1934)
花の絵でこれだけの品のようなものを感じられるというのはどういうことなのだろうと感じつつ、《墨牡丹》(1934)と並べてみてみたいと願う。
第2会場には模写、下図、写生、手紙などが展示され、速水御舟の日々の研鑽の様子などが思い浮かぶ。
《鯉(写生)》(1922)の技術の確かさ、《松(下図)》(1935)の奇妙な味わい、夫人の留袖を自ら描いたものなどに驚き、さらに興味がかきたてられる。
日本画家には長寿の人がたくさんいる。それを思うと、速水御舟の急逝が残念でならない。長生きしていればきっと現在の日本美術が大きく変わっていただろうと思わせるだけのことを短い生涯で成し遂げた速水御舟にただただ感嘆する展覧会だった。
すばらしい作品が目白押しで、絞り込んだつもりだったのに全然絞れてなかった。どこかで、山種美術館の所蔵作品も加えて大展覧会を企画してくれないかな。
みおわって満足した後、美術館のなかにあるレストラン「ラ・パレット」に入った。
少し待つはめになったけど、素材にこだわった料理をおいしくいただき、ついのんびりしてしまった(帰りのドタバタはここでゆっくりしたせいではない。念のため)。