2017.06.11 Sunday

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2007.04.08 Sunday

パリ(13) 旅のアルバム

パリ篇ラストです。

これまでのエントリで、パリの美術館でみた絵や撮ってきた写真の一部を掲載しましたが、写真はほかにもたくさんありますので、ウェブアルバムにアップすることにしました。
今回のパリの旅の写真は、連れ合いがデジカメで300枚以上撮ったのをはじめ、ふたり合わせて400枚近くになりました。まだ撮り終わっていなくて現像していないフィルムもあります。そのなかから半分くらいを公開することにしました。

その前に、チケット関係の写真をいくつか載せておきます。
まず、美術館の入場券。

ミュージアムパス(2日券)。
ミュージアムパス
以前のカルトミュゼ。ストにかかってしまってあまり有効的に活用できませんでしたが、行列も関係なしに入場できるなど、うまく利用すればとても便利です。2日券、4日券、6日券とあるようですが、3日券があればよかったのに。

ミュージアムパスの期限が切れたために買った美術館のチケット。
片面に絵などの収蔵品がプリントされています。
マルモッタン
マルモッタン美術館。

オランジュリー
オランジュリー美術館。

ギメ
ギメ東洋美術館。

印刷された絵を見せ合って、「勝った!」「だせー」などと笑えるので、複数人数いると楽しめます。何の作品も印刷されていない味気ない美術館もありましたけど。

メトロのチケットとロワシーバスのチケット。
メトロ・ロワシーバス
出るとき回収されないのでその辺に使用済みのものが散乱してたりします。

そしてこれ。
サブレ
ル・ボンマルシェの食料品売り場で見つけたごく普通のサブレ。
お土産を物色していると、母親と買い物に来たらしき10代半ばくらいの少年が、買い忘れた!という感じでパッと掴んだのを目撃、うまいに違いないと直感して買ったものです。
2つ買って、1つは自分たちで食べましたが、濃厚だけどすごくおいしくてとても気に入りました。パリに行かれたときは、騙されたと思って試してみてはいかがでしょう。

ウェブアルバムこちら(追記)googleアカウントを削除してしまったので、もう見られなくなりました。ご容赦。
パリに興味のある方で、暇つぶしをしたい方、一度覗いて見てください。
スライドショー向けの間抜けなキャプション付きですが、枚数が多くて途中で眠くなりますのでご注意(スライドショーでキャプションが表示されない場合は、一度キャプションを隠してから再度表示させてみてください)。
写真は撮ったときのまま、まったくいじっていないので、ひどいものもありますけど、ご容赦ください。


2007.03.28 Wednesday

パリ(12) ギメ東洋美術館

メトロのイエナ駅から地上に出ると、目の前にギメ東洋美術館の建物がありました。

ギメ東洋美術館

太田記念美術館での「ギメ東洋美術館浮世絵名品展」の写真でみた、少々古めかしい建物でした。ところがなかは、内装が新しいのか、白くてきれいで、近代的な感じで驚きました。

入場してふと見ると、地下にレストランがあるようだったので、残り時間も気になることだし、まずランチをとることにしました。東洋美術館という場所柄でしょう、アジアな料理を出すところでした。
店頭に出ているメニューを見てもよくわからないので、どきどきしながら入りました。出されたメニューを『旅の指さし会話帳』やらを開いて解読するのですが、いかんせん、載っている単語数が少ないのでまるで謎解きのようになりました。
コース料理もありましたが、時間的に厳しそうだったので、単品メニューを決めて注文。飲み物はどうなさいますか?という質問を見事聞き取った連れ合いのがんばりのおかげでうまくいきました。

ギメ・レストランでランチ

すぐ隣ではフランス人らしき夫婦がコース料理を楽しんでいました。前菜に小龍包のようなものが小さめのセイロで出てきた後、メインはなんとヤキトリ!!でした。白いプレートに盛られたごはんにの横に、串に刺さった大振りの焼き鳥が2、3本、うやうやしく鎮座しているのを見たときは、思わず吹き出しそうになりました。

食事が終わるともうあまり時間がありませんでした。そこで、日本美術のあたりだけみることにし、階段を上りました。
展示中のものは、抱一らの掛け軸、歌麿らの浮世絵あたりがメインでした。
そこで今回の一品。

尾形光琳《菊図屏風》01尾形光琳《菊図屏風》02
尾形光琳《菊図屏風》(タイトルは勝手につけました。「光琳菊」という言葉があるくらいですから、あたらずとも遠からず、かな)。
渋い色に、菊の白さや厚みが加わって、全体的なバランスも美しい屏風でした。ほとんど誰もみていかないのでしばらく独占させていただきました。パリですから、普段よりも日本を感じました。

日本の美術品のところはとりあえず1周して、さらに上の階に行くと、窓からパリの風景が見渡せました。なんとなく見納めという感じがして、寂しさを感じました。

ギメからの眺め

これにて美術館めぐりは終了。メトロでホテルに戻り、荷物をピックアップして空港に向かうバスに乗り込みました。
シャルル・ドゴール空港には余裕を持って到着したのですが、ガイドブックに書かれているのとは大違いで、ろくな店がなく、暇つぶしもできなくてがっかりしました。

以上でパリ旅行終了――となるところですが、あと少し続きます。

2007.03.26 Monday

パリ(11) ジャックマール・アンドレ美術館

最終日、午後の出発まで荷物をホテルに預けて、メトロでミロメニルに出て、ジャックマール・アンドレ美術館へ。

美術館入口
19世紀半ばに建てられた、パリ屈指の豪奢な邸宅。

美術館エントランス
ここでは音声ガイドが無料で借りられます。日本語もありましたが、われわれは自由気ままに見てまわるのが好きなので、パス(当時の暮らしぶりがよくわかる解説だそうですから、興味がある方にはたまらないかもしれませんね)。

パンフ

外観だけでないのはもちろんです。豪華な内装に、銀行家エドゥアール・アンドレと画家ネリ・ジャックマール夫妻がイタリアなどで収集してきた美術品のコレクションや贅沢そうな調度品。私のような庶民にはちょっと落ち着かなくなるような雰囲気でした。
ふたりには子どもがなかったので、死後、邸宅や美術品はフランス政府に寄付されたとのこと。後世に残したいと考えたのでしょうね。

書斎や図書室のような部屋のそこここに絵画や工芸品がぎっしり。これが個人のお宅とは。
ナティエ《ダンタン公爵夫人マチルドの肖像》 ダヴィドPortrait_du_comte_fran_ais_de_Nantes_David
ナティエ《ダンタン公爵夫人マチルドの肖像》とダヴィドが描いた肖像画。

ファン・ダイクLe_temps_coupe_les_ailes_de_l_Amour レンブラントLes_pelerins_d_emmaus
そしてファン・ダイクの作品とレンブラントの《エマオの晩餐》。いずれも小品です。
こういう趣味のいい絵を壁に飾って楽しんでいたのでしょうね。

ティエポロの壁画も圧巻です。サンルームの螺旋階段を上ると現れるこの壁画は壁から剥がして持ってきたものだそうです。
ティエポロティエポロのフレスコ画
とても雰囲気があって、この屋敷に相応しい感じがしました。

2階にはさらにイタリアの間がいくつかあって、数々の彫刻や絵画がちりばめられ、飾られています。
ボッティチェリVierge_l_enfant_Botticelli
ボッティチェリが描いた聖母子。数ある絵画のなかで輝きを放っていたので、ボッティチェリさん?と言いながら近寄って、確認しました。

とにかくこの美術館は、19世紀ブルジョアの生活に触れながら、華麗で壮大な邸宅を楽しむところでした。

ここのサロンでは軽く食事ができるとのことで、ティエポロの天井画を眺めながらゆっくりランチでもするつもりだったのですが、開くまでまだ30分もありました。残念でしたが、待つのもなんなので、急遽、ギメ東洋美術館に向かうことにしました。

2007.03.18 Sunday

パリ(10) オランジュリー美術館

ギュスターヴ・モロー美術館の余韻をひきずりながら、目指すはオランジュリー美術館。メトロでコンコルド広場まで移動し、もとオレンジ温室の建物を目指します。
と・・・並んでる。もうミュージアムパスの期限が切れているので、残念ながら並ぶしかありませんでした。多くの外国人に囲まれて並ぶのも、それはそれで楽しかったですけど、夕方になり、寒風が吹きはじめたのには参りました。30分待ちましたから。12時30分開館というのは遅すぎませんか。

入場制限していただけあって、中はそれほど混雑していませんでした。
まず正面からモネの睡蓮部屋に入りました。2室にわたって8点《睡蓮》の連作が展示されています。22枚のパネルを連ねているそうです。
モネ《睡蓮》連作00
モネ《睡蓮》連作01
この画像は人が途切れる瞬間を見計らって撮影したものです。

マルモッタン美術館など、これまでにも何度も同じことばかり書いていますが、《睡蓮》は離れてみないとその美しさが十分に引き出されないと思います。この2室はよさそうですが、生憎あまり距離を置けないのが残念でした。

地階に下りると、まずルノワールの作品が並んでいました。人物画がほとんどです。その少し先にはセザンヌ。
セザンヌ《果物、ナプキン、牛乳入れ》(1980-81)
数点ある静物画のひとつ、《果物、ナプキン、牛乳入れ》(1980-81)。

セザンヌ《赤い屋根のある風景 あるいは レスタックの松》(1875-76)
《赤い屋根のある風景 あるいは レスタックの松》(1875-76)。セザンヌらしい見事な構成に思えました。松の木の曲がり具合とか、それによって区切られた空間とか。

モディリアーニ《ポール・ギヨーム、ノーヴォ・ピロータ》(1915)
モディリアーニからはこの作品、《ポール・ギヨーム、ノーヴォ・ピロータ》(1915)。画商と知らなければ、マフィア?と思うようなちょっとインパクトある風貌ですね。

ルソー《ジュニエ爺さんの馬車》(1908)
ルソー《ジュニエ爺さんの馬車》(1908)。全員正面向きとか、まるで溝のような舗装に車輪が落ちているとか、異常に小さい犬とか、いろいろありますが、まさにルソーという感じ。

ローランサン、ピカソ、マティスもなかなかの充実ぶり。ピカソの《大きな浴女》(1921)は迫力ありすぎでした。さらにドラン、ユトリロと、日本ではちょっとしか見たことがない作家が続きました。

スーティン《傾いた木》(1923-24頃)
スーティン《傾いた木》(1923-24頃)。ねじれた風景や歪んだ人の姿を描いたスーティン。人物画ではその人物が内面に抱えているものがみえるようでした。風景画の激しいゆがみに気持ちが不安にさせられるというよりは、感情のほとばしりのような感覚に引き込まれるような気がしました。


オランジュリー美術館は改装されてからまだ1年も経っていないそうで、確かに白くてきれいでした。「睡蓮の間」は外光を取り入れるようになったとかで、改装前との違いはわかりませんが、明るさが眩しいくらいでした。
全体的にはわりと狭いので、ちょっと窮屈な感じがしました。

見学ガイド
見学ガイド。8.5ユーロ。あとはポストカードをいくつか。

チュイルリー公園
この日はこれで打ち止め。外に出るとまだ日は落ちていませんでしたが、チュイルリー公園を抜ける頃には、すっかり夜が支配していました。
夜のエッフェル塔

2007.03.09 Friday

パリ(9) ギュスターヴ・モロー美術館

メトロを乗り換え乗り換えしてトリニテ・デスティエンヌ・ドルヴ駅から地上に出ると、左手にサント・トリニテ教会。

サント・トリニテ教会

教会の右手の通りに美術館の案内表示があって、道なりに進んで、やや狭い坂を上ると、建物のひとつがギュスターヴ・モロー美術館です。

ギュスターヴ・モロー美術館外観

扉を押せとの表示に従ってドアを押してもびくともしません。おかしいなと思いつつ、左手の表示に目をやると、昼休み中! まさか昼休みがあるとは考えもしなかったので、チェックしていませんでした。
15分したら開くので、周辺をぶらぶらしていると、ルノワールとかかれたプレートを角地に立つ建物の2階に見つけました。

ルノワールが住んだメゾン(1897-1902)
「ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841-1919)は1897-1902年にこのメゾンに住んだ」と書いてありました(もちろん勝手に推測)。
それはそれとして、時間がきたのでいよいよ美術館に突入です。

ギュスターヴ・モロー(1826-1898)は、自宅兼アトリエを死後に美術館にするために生前から準備していました。そのためにできるだけ作品を手放さないようにしていたというのですから、それだけ想いの詰まった空間といえるかもしれません。
ちなみに美術館が開かれたのは画家がなくなってから5年後の1903年。油彩画、水彩画、素描など2万点もの作品が所狭しと展示されていて、開館以来、展示方法や配置がほとんど変わっていないのだそうです。

3階までさっさと上がるとそこは、モローの作品世界が生み出す何ともいえない濃密な空気が支配していました。そこは見ないように我慢して、最上階の4階まで螺旋階段を上がりました。

モロー美術館内01
螺旋階段から3階の一部を臨みます。

モローの作品のうち、完成品の多くはサロンに出品したり、依頼されて描いたもので、だいたいがこの美術館の外にあるため、この美術館にある作品は、ほとんどが未完成品です。未完成品ばかりなんて、と思う人もいるでしょう。
でも、作家は自分のために描くことに最も幸せを感じていたということですから、この美術館にある作品群こそが、モローが真に描きたかったものだといえるのではないでしょうか。
制作が完了していないというのは表面的にはそうかもしれません。でも、画家の内面では完了している場合もあるでしょう。実際、完全には出来上がっていない作品をみても、ちっとも中途半端とか、そういった物足りなさを感じたりすることはありませんでした。むしろ、それに好奇心をかきたてられ、興奮させられたのです。

前口上はこのあたりにして。
3階大広間と4階の2室は、高い天井にまで至る壁をすべて絵画が埋め尽くしていて、おそろしいほどの密度です。

さて、4階には比較的小さな作品が多いのですが、それでも、私が日本でこれまでみてきたものはもっと小さな作品ばかりだったので、最初驚きました。

まず目に付いたのはこちら。
ユピテルとセメレ(1895)
《ユピテルとセメレ》(1895)。売却後にアトリエに戻ってきた数少ない完成品のひとつ。完成度は高いのかもしれませんが、モローの神秘的な部分があまり感じられなくて、ちょっとお堅い印象です。それにしてもぎっしりと描き込まれています。

踊るサロメ(1876頃) 踊るサロメ・部分
《踊るサロメ》(1876頃)。《刺青のサロメ》とも云うのだそうです。サロメの身体や柱などに入れ墨のように細かく描き込まれた線にとにかく目を奪われますが、「宝石で飾るための準備デッサン」とのこと。なかなか目を離すことができませんでした。

騎手(1870頃)
《騎手》(1870頃)。《スコットランドの騎手》とも称される初期の傑作。画面の外のどこまでも空間を感じさせる広がりと馬の疾走感。こういう作品にもめぐり合えるなんて。

一角獣と貴婦人(1885頃)
《一角獣と貴婦人》(1885頃)。クリュニー美術館にある《一角獣と貴婦人》のタペストリーほかから着想を得た作品とのこと。幻惑されるほどの神秘的な美しさです。

出現(1876頃) 出現・部分
《出現》(1876)。ルーヴル、オルセーにある《出現》は水彩ですが、これは油彩。これまた白い描線の細かさにびっくりしました。しっかりと立体感も出ています。

4階ですでにモローの空気を十分に吸い込みましたが、さらに充実感のある3階大広間が、たくさんの大作、素描まで抱えて待ち受けていました。

求婚者たち(1852以降)
《求婚者たち》(1852以降)。妻ペネロペに言い寄った男たちがオデュセウスに殺戮される場面を描いた、画家最大の作品で、縦横とも3メートル以上あり、かなりの迫力です。モロー版《最後の審判》のように思えました。

神秘の花(1890頃)
《神秘の花》(1890頃)。聖母マリアをこんな風に描く画家がほかにいるでしょうか。
モローの作品は画面の隅々まで神秘的で美しいけど、色そのものには鮮やかさが足りないような気が以前からしていました。それでもとても魅かれるのはなぜだろうと考えていたのですが、構成の素晴らしさに魅かれるのだと、気が付きました。隅々まで描き込んであろうとなかろうと、どの作品も構図がすばらしくしっくりくるのです。
この絵も聖母マリアはやや上ながら中央でこちらに真正面に向いています。でも下の茎の部分と地面、それと背後の岩がバランスを保って絶妙な配置をみせています。なんというきれいさ。

戦いの間、歌をうたうティルテー(1860以降)
《戦いの間、歌をうたうティルテー》(1860以降)。これだけ多くの若者たちが描かれていても、中央で詩をうたう中性的な青年詩人に目を惹かれる構図の妙が感じられます。

アルゴー号乗組員たちの帰還(1891-97頃)
《アルゴー号乗組員たちの帰還》(1891-97頃)。大好きな映画、レイ・ハリーハウゼンの「アルゴ探検隊の大冒険」の活劇的なイメージとは全然違いますが、他のモロー作品と比べると、青を背景とした明るさがとても清清しい印象をもたらしています。

父なるアポロンの許を離れて世界を照らしにゆくミューズたち(1868)
《父なるアポロンの許を離れて世界を照らしにゆくミューズたち》(1868)。これも構図に注目です。ミューズたちの縦の並び方、中心の全体的な縦長の構図、それらに合わせたかのような背景の色の変化。そこから詩的で内面的な世界が生まれているような気がします。

ヘシオドスとミューズたち(1860頃)
《ヘシオドスとミューズたち》(1860頃)。上の《ミューズたち》に似た印象ですが、より幻想的な雰囲気です。ところどころに輝きが効果的に配置され、透明感のある絵画に仕上がっているような気がします。ペガサスの翼の色には驚きました。

テスピウスの娘たち
《テスピウスの娘たち》。中央のヘラクレスの周りに大勢の娘たちがいるのに、なぜかとても静かな印象。それよりも目を奪われたのは背後と両端に見える建物や彫刻の人工物です。装飾そのものの描き方と色合いの見事な精緻さが幻想的雰囲気を高めています。

東方の三博士(1860頃)
《東方の三博士》(1860頃)。大作の下絵だそうです。全体的に暗めの調子で、ぱっと見たところでは、どこをみればいいのかよくわかりませんが、不思議な雰囲気に魅かれました。先頭と馬を引く人たちの白い衣装のなかで、ボタンのような黒い盾が強い印象をもって目に飛び込んできました。

キマイラたち(1884)
《キマイラたち》(1884)。ほとんど彩色されていない未完の大作。100人もの女性たちと遠くに見える建物が細かく描かれ、色がないためにかえって圧倒されます。手前左手に「一角獣と貴婦人」のようなモチーフが見られたりして、驚かされます。もし完成させていたらどんな風になっていたかと想像するだけで鳥肌が立つような作品でした。

パルクと死の天使(1890)
《パルクと死の天使》(1890)。誰もがイメージするモロー作品と比べると、絵具の用い方のせいか、量感があり、岩の質感などがとてもよく出ていて、異色な感じです。イコンのようにもみえます。しばらくみていると、やはりモローでしたが。

レダ(1865頃)
《レダ》(1865頃)。はっとする美しさの下絵。それもそのはず、作家は神聖な白を強く意識して描いたようです。輝くような白が目にまぶしいですね。

ふう・・・。モローの世界にどっぷりと浸かってしまいました。ひとりの画家の作品がこれほど集められている美術館なんてほかにはどこにもないでしょうね。
でも、これで終わりではありません。水彩画もあるし、大量の素描も書架のようなパネルに収められています。

ケンタウロスに運ばれる死せる詩人・水彩(1890頃)
《ケンタウロスに運ばれる死せる詩人》(1890頃)。本当に色鮮やかで瑞々しい水彩画。最高に美しい作品です。油彩よりずっと短時間に描けるせいもあるのか、自由で伸びやかな感じがします。

オイディプスとスフィンクス(メトロポリタン美術館)
これはニューヨーク、メトロポリタン美術館が所蔵する《オイディプスとスフィンクス》(1864)。サロンに出品してモローがついに画家としての名を確立した作品ですね。モロー美術館にはこれの下絵があります。

オイディプスとスフィンクス・水彩 オイディプスとスフィンクス(1864)
とても興味深いです。ほかに鳥の翼のデッサンも見つけました。これらの絵を眺めながら、長年の研究と研鑽が実を結んでいく過程の一部に触れたような気がしました。
右の木炭を使った絵は2階の階段室の柱に掛かっているものです。階段室にはもう1点。

ペルシャの詩人(1890頃)
《ペルシャの詩人》(1890頃)。気品のある詩人と一角獣の佇まいに、きらめくような色が想像できるようです。

ルネサンス風の絵からフォービスムを先取りしたようなタッチのものまで、モローはさまざまな作品をみせてくれますが、すべてが<モロー>という絵に昇華されている感じがしました。それがこの美術館に凝縮されていて、濃密な空気となって内部を徘徊しているような、そんなイメージが浮かびました。
この空気に馴染んでしまい、しばらくユーフォリアから抜け出すことができませんでした。

図録をみようとしたら、日本語版もあるとのことで、受付のマダムに頼んで出してもらいました。
モロー美術館図録(日本語版)
表紙は《妖精とグリフォン》(1876頃)。19.50ユーロ。今回の旅でいちばん高い図録でしたが、それだけの価値があります。

余談ですが、この記事を書いているとき、ブログサービスを画像ファイルサイズを大きくできる有料版にしておけばよかったと思いました。小さな画像でモローの素晴らしさを伝えるのは難しいですね。

2007.03.02 Friday

パリ(8) パリ市立近代美術館

マルモッタン美術館を後にし、メトロでアルマ・マルソー駅で降りると、セーヌ川の向こうにエッフェル塔が大きく見えたので、思わず一枚。

アルマ・マルソー駅そばから

そして、パリ市立近代美術館に向かいました。

パリ市立近代美術館
1937年パリ万博のときに日本館として建てられたパレ・ド・トーキョーの東翼内にある美術館です。常設展は無料です。
フォービスム、キュビスム、抽象絵画などのコレクションを誇ります。

パリ市立近代美術館パンフ

階下に下りて最初のホールに入ると、いきなりマティスの巨大なダンスの連作が空間全体を占めていました。マティスのダンス部屋ですね。
奥の小部屋で現代作品をみていると、係の女性が写真を撮ってもいいと言ってくれました。が、マティスはダメとのこと。

パリ市立近代美術館内部
さらに下のホールに入ると、ピカソ、ブラック、ドラン、レジェなどの作品が並んでいました。

ボナール《入浴する裸婦》
ボナール《入浴する裸婦》(1936)。抑えめだけども華麗な色彩感覚と、全体を覆う不思議な雰囲気に魅かれました。色分けされた壁が障子のようでも、屏風のようでもあります。
金色にクリムトが思い出されました。

デュフィ《電気の妖精》
そして、最後に地上階から、これのあるホールに、まるで映画館に向かうような階段を上っていきました。
デュフィ《電気の精》(1937)。縦10メートル、横60メートルの巨大な壁画。科学史を人物とともに描いた叙事詩です。隅々までみるのはなかなか難しいですが、太古から現代までを、歩きながらゆっくりとみて、とてもワクワクしました。

以上にて終了。ちょうど昼時だったので、館内のカフェに立ち寄りました。
パリ市立近代美術館でランチ
サラダ2種、パン、ケーキ、エスプレッソをのんびりと。午後に向けてエネルギー補給できました。

2007.02.28 Wednesday

パリ(7) マルモッタン美術館

開館時間に合わせてマルモッタン美術館に向かいました。
このあたりは高級住宅街とのことで、閑静な佇まいです。公園を抜けると目指す美術館が街並みの一角を占めています。

マルモッタン美術館

地上階をくるっとみて、地下に下りようとするところに、モネのパレットが展示されていました。ドラクロワの規則正しいきっちりした絵具の配置とは正反対でした。

地下にはモネの作品だけ数十点が展示されています。先客は1人だけ。その人がいなくなるとほんのしばらくですが貸切になりました。

モネ《印象・日の出》
《印象・日の出》。印象派にとっての記念碑的作品といえるものですね。これまで印刷物などでみたかぎりは微妙な印象で、実物をみないとなんともいえないなと思っていた作品ですが、実物はとてもすばらしかった。美しいし、日の出の頃の港の雰囲気、空気というものが感じられます。

モネ《アジェンチュールそばの散歩道》
《アジェンチュールそばの散歩道》。相変わらず人の顔ははっきり描かれていませんが、風景に自然に溶け込んでいます。雲が散らばる空が美しく光っています。

モネ《ヨーロッパ端、サンラザール駅》
《ヨーロッパ端、サンラザール駅》。色と形が見事に混ざり合って、産業が発展しつつある雰囲気を伝える見事な作品だと思います。

モネ《小舟》
《小舟》。近くでみると、水面下の植物がもやもやとしていてしつこい感じなのですが、離れてみると本当にきれいです。小舟の位置がとてもいい。

モネ《睡蓮、夜の趣き》
《睡蓮、夜の趣き》。これもすばらしく美しい睡蓮。近くでみてもわりとはっきりしている作品ですね。

このホールでは、だいたいの作品を結構離れてみることができます。なので、とにかくみえる範囲でいちばん遠くまで離れてみました。離れるほどに絵は輝き、水は輝きと透明度を増します。しばらくみていると、絵がじわじわと物語を語り始めるようでした。

続いては2階に上がります。と、ガーン!
そういえば美術館の建物に浮世絵のポスターが掛かっているなとは思っていたのですが、浮世絵の特別展だったのです。やれやれ。

マルモッタン美術館正面

たしかに印象派で知られる美術館ですから、ある意味納得ですけど、マネ、ルノワール、コロー、シスレー、ピサロ、モリゾ、セザンヌらの作品がみられるはずだったのに。ここのコレクションには、マネ《横たわったベルト・モリゾの肖像画》、ルノワール《ジュリー・マネの肖像画》やモリゾが描いた夫と子どもの絵などもあるらしいのですが。またもや宿題が増えました。

さて、浮世絵展。
北斎、広重、写楽、晴信、国芳などのおなじみさんに加えて、浮世絵ではありませんが、尾形光琳もありました。
それでも、この階には地元の人なのか、フランス人女性が集まってきていて、浮世絵をみながら熱心に語らい合っているのをみるというのはなんだかうれしいものです。

マルモッタン美術館図録
日本語版のコレクション集とポストカードなどを買いました。

2007.02.23 Friday

パリ(6) プチ・パレ美術館

ドラクロワ美術館を後にし、冷たい風に吹かれながらサン・ジェルマン大通りを東へと、ソルボンヌ大学の方を目指しました。街中に学生が増えてきて、目的地のクリュニー美術館に到着。が、スタッフの男性が門の前に立っていて、「ストで閉まっている」と言われ、がっくり。
仕方なく近くのスターバックスに避難して作戦を練ることにしました。

ソルボンヌ近くのスタバ
クリッププチ情報
スタバで連れ合いがトイレに行くと、ドアがロックされていて、横にテンキーが付いていました。暗証番号の入力が必要みたいだけど番号がわからない。困った彼女は店員をつかまえて開けてもらいました。その後、私もトイレに行き、彼女が憶えていた番号を入力すると、ガチャっと開きました。出るときもボタンを押さないといけません。
そのトイレには何の注意書きもありませんでしたが、その後判明したところによると、レシートにトイレの暗証番号が書かれているとのこと。欧州の他の国でもあるようなのでご注意。
スタバ・パリ・レシート
レシート見つかりました。


閑話休題。
せっかくスタバで立てた作戦はのっけから空振りに終わってしまいました(詳細は省略)。そこで、大幅に予定変更して、お土産を買いにシャンゼリゼ大通りに出ることにし、メトロでシャンゼリゼ・クレマンソー駅で降りました。
ふらふらと歩いていると、近くにプチ・パレ美術館があることに気づき、ダメもとで行ってみると、幸運にも開いていました。後で気づいたのですが、パリ市立美術館なので、ストは関係なかったはずです。常設展が無料というのも市立だからみたいです。

プチ・パレ美術館

1900年のパリ万博のときに、美術展示会場として建設された建物だそうで、自然光を活かした開放感のある明るさが特徴とのこと。中庭からも光が射すように設計されているようでした。数年前に改装を終えて復活したそうです。華麗な建物と調和するように展示された絵画をみるというのは贅沢な話です。

プチ・パレ内部

イコンから20世紀まで幅広いコレクションでした。ただ、マネやドガ、セザンヌの作品が展示されているらしい部屋に行ったら、なぜか扉がしっかりと閉ざされていました。セザンヌの《水浴する三人の女たち》があるはずなのに。

モネ《ラヴァクールの日没》
目玉作品のひとつ、モネ《ラヴァクールの日没》。《印象日の出》を想わせる作品ですがこちらは日没というわけです。ふたつの作品を並べてみてみたいと思いました。

マイヨール《波》ゴーガン《波間にて》
マイヨール《波》。ゴーガン《波間にて》を想いだしました。

クールベ《セーヌ河畔のお嬢さんたち》
クールベ《セーヌ河畔のお嬢さんたち》

クールベ《まどろみ》
クールベ《まどろみ》
これらも、《オルナンの埋葬》ほどではありませんが大きな作品です。

この美術館は絵や彫刻とともに建物を堪能するところです。絵をみたり、庭を眺めたり、のんびりと過ごすのがいいかもしれません。

美術館を後にして、凱旋門まで歩いたあと、結局はサンジェルマン・デ・プレ地区に戻って、デパート、ル・ボン・マルシェの食品売り場でチョコレートなど菓子類のお土産を買えました。あとはパリを後にするときまで美術館めぐりに専念できる!と、ほっとひと安心。
ボン・マルシェ

今回の旅行で買ったものといえば、このお土産と、ミュージアムショップでの図録やポストカードくらい。安上がりなふたりです。

2007.02.21 Wednesday

パリ(5) ドラクロワ美術館

コンコルド広場
メトロのコンコルド駅からコンコルド広場に出て、オランジュリー美術館へ行くと閉まっていました。やっぱりストか、とよくみると開館は12時30分から(それくらい調べとけよ、ですね)。
それではとセーヌ川対岸のオルセー美術館にとことこと行ってみると、開館は遅れているとのお知らせが出ていました。これはストのせいです。
仕方がないので、川沿いにサンジェルマン・デ・プレ地区へと散策しながら(というより写真を撮りながら)歩いて行きました。

サンジェルマン・デ・プレ教会
サンジェルマン・デプレ教会は6世紀に築かれたパリ最古の教会だとのこと。歴史を感じさせる風格ある佇まいです。
サンジェルマン・デ・プレ教会内部
ほんの数人が椅子に座って祈っているようでしたが、それ以外には観光客らしき数人がいるだけ。信者ではないわれわれも一回り。連れ合いが蝋燭を捧げました。

教会を後にし、すぐ近くの目的地、ドラクロワ美術館に行きました。ドラクロワが晩年をすごした住居兼アトリエを美術館にしたものです。
路地を入ったところにあって、うっかりすると見過ごしそうです(私は通り過ぎて、連れ合いに呼び戻されました)。
ドラクロワ美術館
どきどきしながら入口に立つと、階上でスタッフの女性が迎えてくれたので、開いているとわかりひと安心。

ドラクロワ美術館ガイド
ドラクロワ美術館ガイド裏
日本語の案内パンフがありました。

絵は小さな肖像画、デッサンなどが少しあるくらいでしたが、充実感をもって仕事をしたことが窺える、小ぢんまりとした居心地のよさそうな住居とアトリエをゆっくりと拝見。
《民衆を導く自由の女神》のような劇的な絵を描いた画家のイメージとは大分違う印象を受けました。

手紙がいろいろ展示されていました。こういうことが書かれているみたいです(パンフレットより)。
「私の住まいは本当に魅力的である・・・私の小さな庭からの眺めと心地よいアトリエはいつも私に喜びをもたらしてくれる。」
「私のアトリエは気に入っている。ここではよく仕事ができる。」
画家が使っていたパレットには、規則正しく配列された絵具がきっちりと並んでいて、几帳面な性格だったようです。

ドラクロワ美術館アトリエ
鳥がさえずるほっとする庭からみたアトリエ。右手の建物に住居。
ときどき庭を眺めたり歩いたりしたのでしょう。こういうところで一度暮らしてみたいものです。


2007.02.20 Tuesday

パリ(4) オルセー美術館

オルセー美術館は、セーヌ川をはさんでルーヴル美術館の対岸に、駅舎の頃からあったであろう存在感を見せていました。
オルセー美術館01
まさかルーヴルと同じ日に訪れるはめになるとは予想だにしていなかったのですが、翌日のストライキ情報が入ったので、行っておくべきだと思ったのです(実際、翌朝出かけてみると、開館が遅れているとの表示。その後開いたのかどうかは知りませんが)。
ルーヴルの後にオルセーなんて厳しそうに思うかもしれませんが、歩いてのんびり景色を眺めたり、写真を撮ったりしながらセーヌ川を渡り終えたころには、すっかりリフレッシュできていました。
でもそのせいで、時間が足りなくて、みられなかったもの、さらには見逃したものに気づいても後の祭り。これまた次回の楽しみにとっておくことにします。

ミレー
ミレー《晩鐘》
《晩鐘》。祈りを捧げる夫婦。とても静かな絵ですが、絵のなかの世界では鐘が鳴っているのですね。遠くに見える塔の鐘が鳴っているのでしょうが、こういう環境では思いのほか大きな音なのかもしれません。上中下3層の色調の違いが印象的です。
ミレー《落穂拾い》
《落穂拾い》。3人の農婦の向こうでたくさんの人が働いていたことにこれまでまったく気づいていませんでした。しっかりと麦を収穫した遠景を明るく、落穂を拾う手前を暗く描いているようです。

クールベ
クールベ《オルナンの埋葬》
クールベの作品の巨大さには驚きました。日本でみたことがあるものは小さな作品ばかりでしたから。
《オルナンの埋葬》は幅7メートル近くもあります。主題に加えて、大きさがさらなる非難の対象になったというのもおかしな話ですね。実際にみると、リアルさよりも幻想的な印象のほうを強く受けました。
クールベ《画家のアトリエ》
《画家のアトリエ》も負けないくらいの大きさ。とても楽しみにしていた絵なのに、その大きさばかりが気になって、今となってはしっかり絵をみたのか自信がありません。画風のリアルさとは裏腹に、寓意に満ち満ちた感じです。

マネ
マネ《オランピア》
最も楽しみにしていた作品のひとつ、《オランピア》。画集などで見慣れていた絵からは、とくに肌の色の冷たさを感じていたのですが、実物からは、肌の色も含めて全体的に温かみが伝わってきました。これは新鮮な驚きでした。黒猫の存在も効いています。
マネ《バルコニー》
《すみれのブーケをつけたベルト・モリゾ》は日本に出かけているので、代わりに同じくモリゾが描かれた《バルコニー》。座っているモリゾは心ここにあらずといった印象。後ろのふたりもおなじような感じで、3人が時間と場所を共有しているようにはみえません(後ろにもうひとり少年がいるのはわかりにくいですけど)。
マネ《笛を吹く少年》
《笛を吹く少年》。平面的だけど立体的なシンプルな絵。黒の際立つ存在感が全体を引き締めています。
マネ《草上の昼食》
《草上の昼食》は《オランピア》とは反対に、冷たくて非現実的な印象。マネはよく、存在するようで存在しない場面を描いているみたいに感じます。

《笛を吹く少年》の前で座って授業を受けていた子どもたちに、《草上の昼食》でも出会いました。《草上の昼食》の横に先生が立ち、座ってみている生徒たちと対話している! 日本では想像できない光景ですよね。小さなときからこういう授業を繰り返しているだろうフランスの子どもたちに羨望をおぼえずにはいられませんでした。
最後列の少女が後ろでみていた連れ合いのほうに振り向いて、声を出さず口の動きだけで「ボンジュール」と言ったそうです。かわいい子どもたちです。

モネ
モネのコレクションもたくさんありました。睡蓮の連作は別の美術館に譲り、ここでは、時代を追って4点を取り上げてみます。
モネ《庭の女たち》
《庭の女たち》1866-67年。画壇にデビューした当時、戸外で描く風景画に人物を取り込もうとした試み。光と影が調和した美しい絵です。モネもこういう絵を描いていたときがあるんだなと感心しました。
モネ《サン・ラザール駅》
《サン・ラザール駅》1877年。活気ある駅の構内が明るい色調で描かれています。煙が白でも黒でも灰色でもなく紫というのは、ガラスからの光が反映されているからなのでしょうか。
モネ《左向きの日傘の女》
《左向きの日傘の女》こと《外光における人物の試み》1886年。《庭の女たち》以来、久しぶりに再開した戸外での人物。といっても、人物は風景の一部で、これが誰であろうかまったく関係ないようにみえます。《右向きの日傘の女》が左に並んでいましたが、比べると左向きのほうが美しいし、完成度が遥かに高い。
モネ《ルーアン大聖堂、大扉とサン・ロマン塔、朝の印象、白のハーモニー》
《ルーアン大聖堂、大扉とサン・ロマン塔、朝の印象、白のハーモニー》1893年。「ルーアン大聖堂」の連作で描かれているのはほぼ同じ場所ですが、時の違いが映し出されています。光のせいでこれほど色が変わってくるのかと驚くと同時に、何よりも空気感をカンバスにとどめようとする執念を感じます。

ドガ
ドガ《オペラ座のオーケストラ》
《オペラ座のオーケストラ》。なんとおもしろい構成でしょう。オーケストラボックスに楽団員をぎっしりと詰め込み、バレエの場面をみせているのですが、現実的にはこういう風にはみえないでしょう。でもそれが濃密な一瞬をみせているようです。マネの黒とドガの黒を一度じっくりと比べてみたい気がします。
ドガ《バレエの授業》
《バレエの授業》。《オペラ座のオーケストラ》同様、遠近感を自在に操っている感じがしますね。教師は小さすぎます。一見自然な姿を描いているようで不自然なところが目につくのは、不自然な感じにすることを画家自身が意図していたためみたいです。
ドガ《浴盤》
入浴や入浴後の裸婦を描いたパステルの連作のひとつ、《浴盤》。モデルは画家にみられているはずだから、画家の目を意識していただろうと想像しますが、それを感じさせないように描くのが画家の力量ということでしょうか。こんな風に裸婦を描くという発想はどこからでてきたのでしょう。

セザンヌ
セザンヌ《りんごとオレンジ》
《りんごとオレンジ》。静物画であって静物画でない静物画。この作品はまるで人物画のようです。配置と配色の見事さにただ魅かれるばかりです。
セザンヌ《たまねぎのある静物》
《たまねぎのある静物》。りんごを腐らせるままにしていたという話のあるセザンヌですけど、たまねぎが腐るのはさすがにちょっと・・・(まさかそれはやってないでしょうね)。

ゴッホ
ゴッホ《自画像》
《自画像》。人物が背景に溶け込んで青系の同じ色でうねっているのが斬新ですね。しかしなんといっても気になるのは、きっちりと引き締めた口元と眼光鋭い目。心の緊張感のようなものが感じられます。
ゴッホ《オーヴェール・シュル・オワーズの教会、後陣》
《オーヴェール・シュル・オワーズの教会》。色そのもの、そして色の配置への強烈なこだわりが感じられます。深みのある濃い色から淡い色まで、全体にもっとも多く使われている青がきれいで、とくに印象に残ります。

ボナール
最後の作品はこちら。
ボナール《白い猫》
《白い猫》。日本の版画から着想を得た作品。たしかにこの猫は浮世絵に出てきそうな猫ですね。おかしな形なのに猫の特徴がよく表現されていて、とても可愛らしい。

これにて終了。
実はとても間抜けなことをしていて、地上階だけはすべてしっかり回ったつもりでいたのに、ドガ、モロー、シャヴァンヌの部屋を見逃したのです(ここで紹介したドガは別の階でみたものです)。なんて馬鹿なことをと思いますが、閉館時間が迫ってきたのでもう確認する余裕がなかったんですね。それに結局はさまざまな理由で叶わなかったのですが、オルセー美術館には、滞在中にもう一度来るつもりだったので。
見残した作品は大きな宿題ということで、またパリに行くというモチベーションにしたいと思います。

オルセー美術館 絵画鑑賞の手引き
最後にミュージアムショップで図録『オルセー美術館 絵画鑑賞の手引き』(17.5ユーロ)を買いました。日本語版です。もちろんポストカードも。

オルセー美術館 帰り


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