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桜・さくら・SAKURA 2012@山種美

山種美術館「桜・さくら・SAKURA 2012−美術館でお花見!−」をみた。もう会期末が近いからかチラシなし。

実は恵比寿に行く用があったついでに、少し足を延ばしてみたのだけど、相変わらず盛況でなにより。日本人は絵の桜も大好きなんだなと思う。自分は桜の絵がとくに好きというわけではなくて、どちらかというと、桜の木一本が寂しく描かれたようなのが好み。

そういうわけで、小林古径「清姫」のうち《入相桜》速水御舟《夜桜》稗田一穂《朧春》、あと奥村土牛《醍醐》《吉野》あたりが気になる。
日本の湿った空気感のようなものが画面に濃厚に漂っている奥村土牛の穏やかな作品に対して、小林古径、速水御舟の、空気が冷たく切れ味するどい画風。同じ桜でもまったく違うものがみられるのでおもしろい。

過去に千鳥ヶ淵で観た山種の桜展の記事を見返してみると、自分の趣味って全然変わってないというのがわかる。なので、過去記事へのリンクだけ貼って、ごまかすことにしようと思う。


あと、川合玉堂の作品5点がよかった。この味わいはほかの画家にはなかなかみられない。
とりあえず、記録だけ。

レオナルド・ダ・ヴィンチ美の理想@Bunkamura ザ・ミュージアム

Bunkamura ザ・ミュージアム「レオナルド・ダ・ヴィンチ美の理想」

レオナルド・ダ・ヴィンチ美の理想
レオナルド・ダ・ヴィンチ作品と彼に直接間接に影響を受けた作品からレオナルドの”美の系譜”をたどるユニークな展覧会。
レオナルドの真筆は当然ながら少ないが、さて、他の作品でどうみせるか、というところが見所だろう。
ーなんて思いながら開場に足を踏み入れると、そこはなんだかルネサンスな雰囲気。そして、いきなり、高い技量で美しく描かれた聖母子像たちが登場してすっかりこの世界に没入。早くも負けを認める(負けってなんだ?)。

なかでも目が吸い付けられてしまったのがこれ。
ボッカッチーノ_ロマの少女
ボッカッチョ・ボッカッチーノ《ロマの少女》
色の組み合わせ方のせいなのか、まるで3Dのようでまずびっくり。そして、憂いをたたえたようでいて意志の強さを覗かせている目。目は口ほどにものを言い。しかし美しい。

レオナルド・ダ・ヴィンチ_ほつれ髪の女
レオナルド・ダ・ヴィンチ《ほつれ髪の女》
展覧会の顔としてチラシその他で露出しているレオナルドの作品がこれだったので、セピア色のこの作品が目玉というのでは物足りない気がしていたが、とんでもない。
素描のようでありながら、顔の造形は完璧に美しく、あっさりと描いたようでいて顔を彩る髪の毛。なにより独特の静謐さを湛えた美しい作品で、レオナルドの傑作と評価する声があるのも納得。

《アイルワースのモナ・リザ》
レオナルドの未完成作との説もある、若かりしモナ・リザ。いろいろな形で模写されたりアレンジされたりしているモナ・リザがいくつも並んでいるなかで、このモナ・リザはレオナルドの本家モナ・リザに似た雰囲気を持っていて、顔立ちも変な癖がなくてきれい。レオナルド作とされても違和感がないくらいの出色の出来だと思うので、誰が描いたにしろ、いいものはいい。世界初公開だとか。

レオナルド・ダ・ヴィンチと弟子_岩窟の聖母
レオナルド・ダ・ヴィンチと弟子《岩窟の聖母》
ルーブル美術館とロンドン・ナショナル・ギャラリーにもある《岩窟の聖母》。こちらは個人蔵なのでなかなかみる機会がなく貴重。アングルがレオナルドの筆によるものと考えていたそうだ。

レオナルド作品が少ないからといって甘くみてはいけない。そもそも現存する作品数が少ないのだから仕方ないし、レオナルド作品とともに周辺の作品をいっしょにみることで、レオナルド・ダ・ヴィンチのすごさと魅力、それに美への探究心を堪能できるよう工夫されている。
気楽な気持ちで出かけたのに、いっぺんに目が醒めるような充実の展覧会で、個人的にはとても気に入った。
なんとくなく迷っている方がいるなら、騙されたと思って、ぜひお出かけください。責任はもてませんが、おすすめします。

あなたに見せたい絵があります。@ブリヂストン美

ブリヂストン美術館開館60周年記念特別展「あなたに見せたい絵があります。」に行ってきた。

 
あなたに見せたい絵があります。展会期前日の内覧会にせっかく誘っていただいたのに残業で行けなかった展覧会。しっかり入館料をおさめて観てきました。
今年1月に開館60周年を迎えたとのことで、ここと石橋美術館が所蔵する代表的な作品約100点が集められている。もちろんほかにもたくさんいい作品あるので、絞るのは大変だったことでしょう。

自画像、肖像画、ヌード、モデル、レジャー、物語、山、川、海、静物、現代美術の11章からなり、単純なテーマ分けのようだけど、意外にすっきりとわかりやすくてよかった。
まだ行ったことがない石橋美術館の所蔵に多く初見作品があって、予想以上に楽しめたし、見慣れた作品たちも、まわりにある作品との配置の関係でまた違ってみえてくるのだからおもしろい。ひとつひとつに丁寧な解説があって親切。

「第6章 物語」には物語を題材にした作品9点があって、うち青木繁が4点。青木繁《わだつみのいろこの宮》の正面に、その5年前に制作された藤島武二《天平の面影》が展示されていて、個性は違っても、古代のロマンに心をはせる画家たちの情熱のようなものが感じられて興味深い。
青木繁_わだつみのいろこの宮 藤島武二_天平の面影

「第7章 山」には雪舟《四季山水図》。理想とする山水図だからとはいえ、なんてきれいな構成だろう。春夏秋冬並べてみると、完璧なバランスのなかに風景が情感をたたえている。それぞれに人がいるのがほほえましい。
雪舟_四季山水図_春夏 雪舟_四季山水図_秋冬
雪舟《四季山水図》 右から春夏秋冬

新収蔵作品2点もお披露目されている。ギュスターヴ・カイユボット《ピアノを弾く若い男》と岡鹿之助《セーヌ河畔》
カイユボット_ピアノを弾く若い男
カイユボット《ピアノを弾く若い男》
光や写り込み、壁や絨毯、窓など隅々まで神経を配って丁寧に描きこまれた、画家の心豊さが伝わってくるような気持ちのいい作品。

ブリヂストン美術館と石橋美術館が自信を持って見せたい絵の数々。堪能しました。

KORIN展@根津美

根津美術館で特別展「KORIN展「 国宝燕子花図」とメトロポリタン美術館所蔵「八橋図」」をみた。

KORIN展尾形光琳が十数年の時を隔てて、同じ『伊勢物語』九段にちなんで描いたふたつの金屏風の、およそ100年ぶりの再開の場に居合わすことができた。きっと自分にとっては最初で最後のことになるだろうから、しっかりと目に焼き付けなければと、ほとんどの時間を屏風の前で過ごした。

尾形光琳《燕子花図屏風》《八橋図屏風》を並べて観比べてみると、想像していたよりもかなり違いを感じる。
燕子花の配置に徹底的にリズムを感じる燕子花図に対して、抽象的な橋で画面を分けて、より構成的に仕上げている八橋図。花も、ぼってりとふくよかでデザイン的な前者に比べて、後者ではより花の形が自然に描かれている。

《燕子花図屏風》には、リズミカルな魅力があるものの、花への色の置き方なんかはどうなんだろう、というふうに感じていたこともあった。今回、この2点を同時にみると、画面の構成だけで官能的ともいえるリズム感を出している燕子花図のすばらしさに、あらためて気づく。
印刷されたもので比べていたときには、橋の存在がゆえに画面に一本芯を通したような力強さを八橋図に感じていたのに、実際にみると、構成しすぎでややうるさい印象をもったのだから不思議だ。色も違う。渋めの燕子花図と明るめの八橋図。

自分は文句なしに燕子花図屏風のほうが好きだと確信できた。みなさんの感想はどうだろうか。

光琳のほかには、弟子の鈴木其一を思わせる色鮮やかさが魅力的な酒井抱一《青楓朱楓図屏風》なども。

日本とアメリカに離れ離れに暮らしている金地の六曲一双屏風を一度にみることができる滅多にない機会。これを見逃すと後悔必至ですぞ。


アンリ・ル・シダネル展@東郷青児美

損保ジャパン東郷青児美術館「薔薇と光の画家 アンリ・ル・シダネル展―フランス ジェルブロワの風ー」をみた。

アンリ・ル・シダネル展アンリ・ル・シダネル。まったく知らない名前だった。
「19世紀末から20世紀前半に活躍したフランスの画家」で「印象主義や新印象主義の影響を受け、明るく透明感のある作品」を描いたという。
ポスターにはポスト印象派っぽい作品が使用されているが、この展覧会を実際に観ると、このチョイスは違うんじゃないかなと思う(ついでにいうと、チラシのほうは一部を拡大している意図がよくわからない)。

夕暮れから夜のおだやかな光や灯りを描いた作品がほとんどで、その意味では、「薔薇と光の画家」というのもどうかと思う。違ってはいないけど、言葉として<光>とくると、昼間の明るい陽射しを想像しがちだから。
ル・シダネルはとくに、日が暮れたばかりの家々や街頭にやわらかで暖かみのある光が灯っている光景が好きだったに違いない。
初期には人を描いたが、やがて画面から人の姿は消えていく。でもそこには、つねに人の営みや暖かみが感じられる。それがゆえにアンティミストと呼ばれたのだろう。

日が暮れたばかりの青みを帯びた街並に橙色の灯りがぽつぽつと優しく見える、そんな美しいひとときを観ていると、心が安らいでくる。同じように人のいない景色を描きながら、寂しさが漂うハンマースホイとは対照的だ。

ル・シダネル_運河
アンリ・ル・シダネル《運河》
ル・シダネル_コンコルド広場
アンリ・ル・シダネル《コンコルド広場》
ル・シダネル_離れ家
アンリ・ル・シダネル《離れ家》

いろんな街に出かけて、その街のきれいなひとときを発見したル・シダネル。
ひろしま美術館所蔵の《離れ家》など、国内の美術館からもいくつか出品されているので、知っている人もたくさんいるだろうけど、それほど有名ではない。こういう作家に光をあてる展覧会というのはとてもいいものだ。迷っているなら、ぜひ。

ボストン美術館 日本美術の至宝展@東博

東京国立博物館平成館で特別展「ボストン美術館 日本美術の至宝」をみた。

ボストン美術館_日本美術の至宝「海外にある日本美術コレクションとしては、世界随一の規模と質の高さ」というボストン美術館から里帰りした約90点はまさに至宝。



なんの気なしに歩き始めて、狩野芳崖《江流百里図》の、山水画でありながら、遠近表現や、なめらかな佇まいなんかの新しさに、いきなり目をばちっと見開かされた。

そして、東博で普通に展示されている名品と並んでいても遜色のないすばらしい仏画が続々と登場して度肝を抜かれる。
如意輪観音菩薩像
《如意輪観音菩薩像》
照明が暗くて細かいところまでよく見えなかったけど、画面から醸し出される雰囲気というか、オーラみたいなものに心臓のあたりを鷲づかみされた。そのほかにも「平安仏画の傑作」とされる《普賢延命菩薩像》など、いつの間にか仏画ファンになってしまいそうだった。

本展の目玉のひとつである在外二大絵巻。ほんわかとしたユーモラスな《吉備大臣入唐絵巻》に続いて、精緻で緊迫感のある描写の《平治物語絵巻 三条殿夜討巻》というまったく世界観の違う絵巻を堪能。後者のほうは、ガラスの前に人が張りついていて簡単には見られないので、閉館間際まで粘って、ようやくひととおりしっかり観ることができた。

尾形光琳_松島図屏風
尾形光琳《松島図屏風》
光琳らしい装飾的でダイナミックな画面。フリア美術館所蔵の俵屋宗達《松島図屏風》と並べて観てみたいなあ。
近世絵画の展示には長谷川等伯、狩野探幽、土佐光起、伊藤若冲らの作品まであって、壮観だった。

最後は奇才、曽我蕭白。どちらかと言えば苦手な画風だったけど、10点ほども揃えば印象が違ってくる。ただの奇才というのではない、この絵師の力量みたいなものがずしりと伝わってきた。《雲龍図》の迫力には圧倒されるが、そこには、なんでこんな顔なのー、的な曽我蕭白らしさが漂っている。フルに揃っていたらと思わずにはいられない。


期待をはるかに上回る充実の内容に感激の展覧会だった。里帰りしてくれてありがとうだよ、ほんとに。

大友克洋GENGA展@3331

 3331 Arts Chiyoda「大友克洋GENGA展」をみた。

大友克洋GENGA展日時指定の完全予約制ということで、3月のチケット発売日にさっさと購入、その日が待ち遠しかった。
やや敷居が高い方式ということもあって、途中から、予約に空きがあれば当日券も販売するようになったので、空き状況をネットで確認しておく必要があるけれども、当日の都合でみられるチャンスが増えたのはいいことだ。

大友克洋との出会いは『童夢』単行本。SF少年だったころで、そのときの衝撃はいまでも鮮明だ。手塚治虫と比較されることも多い大友克洋。どちらも映画が原点にあるようだけど、その表現の仕方は正反対。映画の動きを漫画に置き換えた手塚と、映画的な表現を漫画ならではの表現で目指した大友(と勝手に思っている)。
『童夢』の有名な、壁に飛ばされたシーンでは、その中間が省かれて一瞬の時間と衝撃が表現されていたり、ちょっと思いつかないようなアングルのシーンが挿入されていたり、それまでの漫画とは一線を画す表現が詰まっていた。
とにかくその衝撃は圧倒的で、とても興奮したことを覚えている。

本展のメインを飾る大量の『AKIRA』原画には圧倒された。そのほかの作品とあわせてじっくりと眺めていると、絵を描くことが好きで仕方ないことが伝わってきたし、線にものすごいこだわりがあるように感じられた。よくぞここまで執拗に描くなあ、と。そのせいか、カラーよりモノクロのほうが魅力的に感じる。

だから『スチームボーイ』の美術をみていると、ちょっと苦い気持ちになった。この映画には絵師・大友のこだわりが詰まっていて、その映像はわくわくさせられるものだった。でも、せっかく描いた絵を編集で落とすことができなかったのではないのかなと思うくらい、映画としては冗長だった。その点がもったいないと今でも思う。ディレクターズカット版というより、誰か魅力を引き出せる別の人に編集してもらったらおもしろくなるんじゃないかな。

好き勝手なことばかり言っておりますが、展覧会という濃密な空間に、世代を超えて老若男女が集っていて、あらためて大友克洋の影響力をみせつけられた思いがした。とにかくその威力は、実際にみないことには感じられないので、ぜひお出かけください。大震災への復興にもささやかながら貢献できますし。

最後に。『APPLE PARADISE』が少し展示されていてとてもうれしかった。『奇想天外』で愛読していたのに、たしか中途半端に終わっていた気がする。単行本化されてほしい作品です。

おまけの画像
金田バイク
『AKIRA』 金田のバイク!!
貞本義行ほか
落書き 貞本義行、すしお、吉田戦車ら

佛淵静子展2012

銀座の柴田悦子画廊「佛淵静子展」をみた。出遅れたので最終日前日になってしまった。

佛淵静子展2012作家さん自身から、この画廊での個展が5年目で5回目とうかがって、もうそんなになるのかと驚く。

こちらのポストカードにある作品《一番星》では、珍しいモノをモデルに持たせているが、その佇まいはきわめてシンプル。もともと墨を基調に色は控えめでシンプルな作風なのに、過去の個展を振り返ってみると、年々シンプルになってきているようだ。
色味が減ってよりシンプルになっていくなかで、鉛筆や筆のモノクロな線や墨の色がさらに際立っているように感じた。いままで受けていた印象がさらに強まったとでも言えるような。

ドローイングが3点出ていて、初めて見るモデルさんだなと思っていると、《一番星》と同じモデルさんだと云う。今までみてきたよりやや幼くみえたのだけど、描かれた場所の雰囲気やなにかで印象が変わっていくのだろうか。たぶんそういったもろもろのことがそこに現れているのだろうけど、不思議な気がした。

同じ画廊で毎年個展を続けていること、そしてそれをみること、それは思っている以上にエキサイティングなことなのかもしれない。

ロトチェンコ展@ggg

ギンザ・グラフィック・ギャラリー第307回企画展「ロトチェンコ −彗星のごとく、ロシア・アヴァンギャルドの寵児−」をみた。

ロトチェンコ展@ggg
ロシア・アヴァンギャルド関連の展示はできるだけみたいと思っているので、このギャラリーを訪れたことはないけども、とにかく足を運んでみよう。
で、訪ねてみてびっくり。近年に復元されたものやプリントされたものが多いけども、その数160点近く。しかも無料ってどういうこと!?
ただただ感激して、ロトチェンコが活躍した1920−30年代のモスクワ、レニングラードへ時空をひとっ跳び。

ロシア・アヴァンギャルドといってもさまざま。ロトチェンコはなかでも構成主義を代表する芸術家だ。
ロトチェンコの広告は斬新で革新的、そしてそこに熱いエネルギーが宿っている。時代の先端を行っているという自信とプライドが漲っている。現代の東京でみてみると、新しいけども懐かしい、実験的で独創的だけども身近で親しみやすい、そんな印象。つまり、ロトチェンコが生み出した芸術が現代に脈々と受け継がれているということだと思う。

絵画こそなかったが、ポップな魅力に溢れた広告、大胆なアングルのインパクトある写真へと関心を移していくロトチェンコの魅力が詰まった充実の企画。展覧会タイトルのとおり、まさに彗星のごとく現れ、時代の寵児となったロトチェンコだったが、時代がゆえに活動期間は短かった。その凝縮された作家の足跡を見逃すことなかれ。

これだけの展示を無料で楽しんでは申し訳ない、と思ったわけではなく、ただほしかったからだけども、久しぶりに図録を購入。出品作すべてが掲載されて1,000円と、最後までお得であった。やっぱり好きだよロシア・アヴァンギャルド。

ロトチェンコ関連の過去記事はこちら。

望郷というより異郷:山口晃展「望郷ーTOKIORE(I)MIX」

山口晃展_望郷機会があればみるつもりにしている山口晃。現代アートのことはよくわからないが、山口晃作品をみるのは楽しみだ。作家自身が楽しんでいるように感じるし、自分も楽しくなるから。

銀座のメゾンエルメスで山口晃展が開かれていたのをすっかり忘れていて、思い出したからにはすぐに行かねばといそいそと地下鉄に乗る。
地上へと上がると、はてどこが入口やら。この時点ですでに、まるで異次元空間にでも誘われているように感じる。係の人に親切に教えてもらってショップ内のエレベーターで上がる。こんな自分とは縁のなさそうな場所に向かうこと自体、すでに異次元だ。

到着したその空間はがらーんと広い。その広い壁面のひとつが電柱と電線で埋まっている。
《忘れじの電柱》
電柱と電線といえば、今やアニメの重要なアイテム。近頃、自宅周辺では電柱電線が減っていることもあって、電柱を見ると、第3新東京市で電線がひゅんひゅんと唸りを上げるシーンが頭をよぎる。しかしここ銀座にある電柱はグレーでもなくて、どこでも見たことがない。やはり自分は異空間にいるのだ。

背後を振り返ると、ぽっかり開いた入口から明るい中の部屋が見える。ソファや電話があって、事務室かと躊躇するが、入口の様子がなんか変だ。入ってみると、忍者屋敷のように傾いている。
《正しい、しかし間違えている》
やはり異空間。

もうひとつの空間には東京を俯瞰した横長の屏風。明らかに描きかけだが、左右と真ん中がバランスよく描かれていて、この段階で終了しても完成と宣言できるようにみえる。雲がとてもきれい。
《Tokio山水(東京圖2012)》
近づいて建物をじっくり見ていくと、ビルの屋上に櫓が建っていたり、なんとなく違う建物があちこちにあって、知っている東京だけど知らない東京でもある。

自分はどこにいるのか。異次元に迷い込んだような空間に惑わされながら会場を後にした。
またしてもどこから地下に戻っていけばいいのかわかりにくくて、たくさんの人が行き交う地下街にようやく出たときには、本来自分が属している世界に戻ってきたんだなと実感できる、そんな不思議なひとときだった。


1Q84月齢時計

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